【人生はプース・カフェ Barに集えば…】イスラエルの夏2001 ⑨『折返し〜馴染んで溶け込んでゆく自分〜』

お酒

プース・カフェとは、様々なリキュールの比重の違いを活かし、幾重に鮮やかな色が重なるカクテル。人生もまた色とりどりの思いでの重なり…


【9.1. 銃口の眼】

 

 非日常なのは分かっていた。今時の言葉で言うと、正常性バイアスと言うのか。「やばい!」に対して「、、、なので私は大丈夫。」的な。


 世間は緊迫していた。とは言え、テロが日常の国では毎日に大きな違いは感じられなかった。もしくは、そう言い聞かせていた。


 またエンジン音が響き渡る気がする、それがビルに突き刺さる。映画と思ったものが現実とわかった今、現実を夢見心地で見る術を知る。


 「ウサマ・ヴィンラディン」は事件当初から首謀者と目されていた世界中で有名なテロリストだ。なのに日本では聞いた事も無い。この超大物は常にニュースの話題の真ん中にいて、口から黒い煙を吐いている。


 テロの後、街では怖い冗談で、我々外国人すら笑えない、戦闘機が描かれたTシャツが売られていた。そこには英語でこう書かれていた。

 「アメリカよ恐れるな!我々がやってやる!」




 日本に電話をかける事を覚えた頃だった。トータルするとイスラエルからの国際電話を父に約15分、彼女に2時間位話したか、、


 マイルドセブンの1/3はボランティア仲間にあげてしまい、今はイスラエルの軍人タバコ、「ノーブルス」を吸い、灰色の煙を吐き出している。


 「ウサマ・ヴィンラディン」の発音が異様に良かったと後に日本で彼女に言われた。この固有名詞はイスラエルで覚えたものだから、カタカナ読みが今も出来ない。


 ボランティアよりも、キブツニークのロンがいつも周りを気にしている。イスラエル国籍を持つ人の中に、とても敬虔なユダヤ教徒と、イスラム教徒、どちらに寄らないキリスト教徒などが混在して暮らしている。


 そして、同じキブツの職場や食堂では、皆中良さそうにやっている。そういう光景を見て、その環境で育った子供達が増えたら、民族間、宗教間での争いはなくなるんじゃ無いだろうか。と感じたものだ。


 それでも、ユダヤ人のロンは外に出る時は、テロを警戒している。


 「Masaは直接狙われない。でも、俺は対象なんだよ、、」とは言わないけど、そんな雰囲気だ。


 それでも、彼はたまにキブツの車を借りて僕らをドライブに連れて行ってくれる。本当は最近できた彼女、ボランティアのピアを連れて行きたいだけなのかも。でもそんな時、ピアが僕の事も誘ってくれるから、僕もお出かけに参加する。一番好きな近くのドライブは北の「旧市街アッコー」だ。



 ピアは僕がイスラエルに来てからの、2人目のボランティアとして来たドイツ人の女の子だった。彼女も英語があまり得意じゃ無かったこともあって、逆に接する機会が多かった。よく2人で仕事をサボってゴミ捨て場の横の集荷場でタバコを吸った。そんな時間は、ここイスラエルで気持ちが安らげる、数少ない時間だった。

 間も無くして、彼女がロンと付き合い出したと聞いた時、ちょっとショックを受けたのを今も覚えている。境遇と気の合う仲のいい友達であると同時に、可愛らしい女性でもあったから。



 話を「旧市街アッコー」に戻そう。


 どの国でも旧市街があるなら、それは特別な魅力を持っている。


 イスラエル最北端の旧市街アッコーは端っこだからか平和だ。イスラム文化の街なので、男女で腕を組んだり、歩きながらのアルコールは忌避される。


 沿岸に戦争の跡が残る。海からの侵入を防ぐ砲台や、灯台、使わなくなったそれらを現地の子供がジャングルジム様に使う、私から見たら古くから海に浮かぶ要塞で、絶壁なのだが。


 海の街ならではの光景だが、驚くほど高い所から子供が飛び込む。10mか、15mか、20mか、、海底の地形を把握しないと「飛び込み」はできない。




 古い街、伝統風。その軒先でお土産用の布地が胡散臭く揺れ、旅行者を食らう。そのタイミングを待つ。その時がきたら、逆に私が指値をいう事になる、それはもう少し後の話。


 その日はロンがアッコーを超えてさらに北へ向かった。その先は海。向は峠。


 「え?ここ?そか、じゃ、いこか。」「スイミング」って言うから来たのに、「ダイブ」だった。いいよ、横須賀でもやってたから。怖いけど、飛べる。」横須賀というか、三浦半島の南端、三崎でもやってたな。「飛び込み」。「ダイブ」、、、



 「ざっぱーーん、、」


 2度目の飛び込みの飛沫が海水に溶ける頃、、


 向かいの峠のシリア側の国境から、兵士がライフルに手をかける。そしてこちらに姿を現して厳しい口調で命令をする。銃口の代わりに鋭い目線がこちらに向けられている事は離れていてもわかる。


 この状況下でシリア語が分からないとか、もはや我々は言えない。

 はっきりとシリア語で兵士は言った。「消えろ、打つぞ!」


 こちらも各々の言語で頷きながら言う。

 「すみません、かえります。」


 みんなびしょ濡れのまま。車は無言で南へ。武勇伝にならないのは、本当の銃口を向けられかけた事への反省。冗談や自慢にはならない、絶対に回避しなければならない事だ。そして、その先にあるのはリアルな死なのだ。



【9.2. アーロン】


 イスラエルに来て大体2ヶ月。折り返しの時期に差し掛かっていた。皿洗いで、デービットとの日々は大抵2ヶ月で誰かと交代してもらえるとアンディは教えてくれた。その気配は全く無かった。


 キブツには全体を取り仕切るボスがいた。「アーロン」と呼ばれ、体のがっしりした40代と見える男性だ。結婚していて中学生と小学生の子供もいる。取り仕切ると言っても全体的に何を仕切っているかわからなかったが、イベントなどがある時はいつも指示をだしていた。


 頭が良さそうで目力が強くてちょっと近寄りがたい。ボランティアの仕事の割振りも彼の役目だ。


 思い切って彼のオフィスに単身乗り込む。


 「こんにちは、アーロン。お話が。2ヶ月、デービットと洗い物をやって、お陰で少し英語も話せるようになりました。そろそろ、他の仕事もやってみたいなー、、、、」


 アーロンはギョロリとこちらを見た。何となくの感覚だけれど、彼は僕の事は嫌ってはいないなという感じがしていてた。


 「まだ、待ちなさい。」 

 と、彼は言った。


 オフィスを出てると、緊張がほぐれた。結構、緊張していたんだなと思う。「待ちなさい。」は「Yes」でも「No」でもない。ただ意思は伝えた。あとは、待つだけだ。変わらなければまた行こう。それだけだ。


 ボランティアの中で1番チェスが強いのが、デンマーク出身のマーティンだ。いつも筋トレをしているし体も大きい。1度マイクに連れられて私とアンディは、キブツの中にあるジムに行った。


 薄暗い部屋にダンベルなどの重い系の器具がいくつかあった。我々は冷やかし程度に、マーティンは真面目に筋トレをした。その体は私を一回り大きくした感じ。それに対してアンディはマーティンと同じ位の身長だが、太さはマーティンの半分くらい。2番目にチェスが強いのがアンディだったが、上位5位くらいまでは、強さは拮抗していて、たまに誰かが上位を倒した。


 ボス「アーロン」に付き添い、その日その日の彼の指示に従って働くのが「アーロンジョブ」。トラクターを1台自由に使わせてくれるので、トラクタージョブとも呼ばれていた。いわゆるキブツの何でも屋さんで週2回、朝一で牛舎に行ってミルクを貰って、トラクターでそれを引いてチーズ工場に持っていく。

 その他は、大きなゴミを運んだり、壊れた椅子を直したりと、マルチジョブがマーティンの仕事だ。


 そんなマーティンはもう直ぐ、一緒にデンマークから来ている彼女のマライカと帰国する予定だと言う。その前に隣のエジプトに1週間遊びに行って来るから、さっき2人で病院で感染予防の注射を打ってきたと話してくれた。


 とある日、デービットとのジョブアフターミーティングを終え、洗い場を出ようとするとアーロンに呼び止められた。


 「Masa! 車の運転免許もってるか?」

 「はい、日本の車の免許なら。国際免許はないけど。」


 私とアーロンとの会話をデービットは見守っていた。その目は少し寂しそうにも見えたし、全くいつも通りの様にも見えた。


 点が線でつながった。次の仕事は「トラクタージョブ」だ!


 マーティンとバトンタッチする時、彼は最高のアドバイスをくれた。


 「Masa、朝一にアーロンから仕事を受けたら、それが終わっても、次の仕事を聞きに行くなよ。そのまま昼まで会わなければ、その日の仕事は終わりだから。」


 「おそらく!!世界一のビール!カールスバーグ!」と言うキャッチフレーズでCMをやっていた国に、マーティンとマライカは帰っていった。マライカはボランティア女性の中では、圧倒的にチェスが強かった。そして、いつもアンディと2位の座を争っていた。





【9.3. トラクタージョブ】


 トラクタージョブは快適だ!これでアボカドファームに行く事は無くなってしまったけど、キブツの中を、朝から走り回るのは何とも気持ちが良いものだ。


 デービットの相棒として新たに選ばれたのは、ミランと一緒にチェコ・リパブリックから来たムフ。彼も私がここに来た時より少し話せるかな?くらいの英語力なので、これから急速に喋るようになるのだろう。


 デービットとの相棒関係は解消した私だが、毎日、朝、昼と洗い場には顔を出すので寂しさは無かった。たまに、ジョブアフターミーティングに参加する位が丁度いい。


 私の仕事も始めはちょっとした苦労があった。アーロンが初めに簡単にトラクターの運転を教えてくれた。私は初日だけ一緒にトラクターの荷台に乗り込み、ゴミ捨てと、ミルクのピックアップに付き添いつつ、エンジンの掛け方、ガソリンの入れ方(いつ入れるのがわからないまま)、鍵の返し方、そして、バックでの車庫入れを何度か見せてくれた。


 どれも「慣れれば簡単」なのだろうが、車が運転できても、荷台をつけたトラクターでのバックは1度や2度見ただけで出来るわけではない。広いところなら何とかなるが、車幅を気にする車庫にピタリと入れる為に、私は初めのうちは、1時間も費やす時があり、間もなくランチタイムも終わるという際どい時に、たまたま通りかかった人に助けてもらったりした。


 車体後方を右に振ると、連結された荷台は左に動く。左に振ると、右に動く。角度が大きすぎると車体の後ろタイヤに荷台がぶつかり動かなくなる。この動きを体で覚えないと思うように荷台をコントロール出来ない。そして大半は荷台に何かを乗せる際は、バックで入ってゆくので、何度も入れ直していたら仕事にならない。



 ミルクジョブもスタートはうまく波に乗れずに、みんなに申し訳ない事をしてしまった苦い思い出がある。


 朝一でミルクをもらい、チーズ工場に運ぶという事を知らず、のんびりダイニングルームでコーヒーを飲んでいたら、朝の仕事を終えたらしいチーズ工場のお姉さんに声をかけられ、「あなた今朝ミルク届けてくれなかったわね。」と冷たく言われた。これから直ぐに取りに行くと言ったが、もう遅いから今日はいいと断られた。


 お姉さんに詳しく聞くとミルクは週2回、火曜と木曜の朝一7時までには届けて欲しいとのこと。チーズの仕込みの時間も曜日も決まっているからとの事。アーロンはそんな事は言っていなかった、もしくは私が聞き落としたのだ。きっとそのしわ寄せで、キブツ全体の食事の中で、チーズのない日ができてしまうのかも知れない、、、それを楽しみにしている人が沢山いるのに、、、


 ミルクを牛舎に取りに行く際と、チーズ工場に入る際は、はじめは、近くで働く人達に車庫入れを頼んでいた。牛舎でミルクの管理をしているアラビックの「ハマダ」は、いつも快く車庫入れを教えてくれる。おかげで、やがて自分でも出来るようになっていった。トラクターの車庫入れと、ミルクジョブを押さえれば、この仕事はだいぶ優雅だ。


 荷台は3タイプがあって、ミルクを積むタンク、これはお風呂2杯分位入る。牢屋として子供が遊ぶのに丁度良いサイズのゴミ用の檻。そして小回りのきく普通の荷台。


 普通の荷台にちょっとした廃材を乗せて、はじめてキブツの裏門からの荒野に出た。見渡す限り平坦な大地だったので、それまでそちら側から出た事は無かった。トラクターとは言え、それなりにスピードは出る。


 1人ドライブの始まりだ。10分ほど走ると廃材置き場、、と言うより「ちょっと遠くに捨てて来い」的な場所があり、仕事を済ませる。乾季が長い為、ほとんど植物が生えていなく、この国の土埃は、ここから生まれるのではないかと思うほど土が風に舞う。


 少し走ると水路と溜池が見える。水路を覗くと泡だらけのドブから、昭和の日本の如き異臭が上がる。先に行くとキリがないので適当に折り返してキブツに戻る。何度目かの探索中に1度溜池の湿地帯でペリカンの死体を見つける。理由はよくわからないが、死んで間もないようだった。


 時にアーロンに言われ、ダイニングルームの椅子やテーブルを修理したり、バーの空き瓶を捨てたり、朝一ミルクを運んだりと、仕事は快適だった。朝早くなった分、ランチ前に仕事が終わるのがまた良かった。


 イスラエルの朝は程よく凛とした瑞々しい時間なので早起きも苦にならず、少し早く行って食堂で煎れたコーヒーを持ってお気に入りの場所で一服する。


 日本人的には決められた時間まで決められた皿洗いを休む事なくする方が、それらしい。仕事らしい。


 それでも、自主的裁量権を得ると人は行使したくなる。と、カッコよく言う必要はなく、、ただ調子に乗っていたのだ。そのままコーヒー片手にトラクターに乗り込む。


 慣れた道をトラクターで走る、コーヒーを飲みながらだと、重いハンドルが少し遅れる。思わず巨大な後輪が、曲がり角に置かれたベンチに接触してしまうと、タイヤに触れた部分が割れて飛び散る、、、


 もうやめよう。運転中にコーヒーを飲むのは。運転中はタバコだけにしよう。


 そんな折、私の安全運転を願ってなのか、トラクタージョブの際について来てくれる相棒ができた。牛舎にミルクを取りに行くと、ミルク欲しさにたまに寄って来ていた白犬が、毎朝どこからとも無く現れて、ずっと私のトラクターの横をついて来てくれる。


 自然と私は並走する白犬を気遣って安全運転をする。早朝に時間があると、白犬と少し遊ぶ。何も教えていないのに、投げた石を取って来てくれる。

 たまに意地悪をして、小石を砂利の方へ投げると、必死に走っていくが、どの石か分からなくなる。それでも、しばらく辺りを探して、適当に石を咥えて持って来てくれる。


 そして、私は見つけやすい石を選んで投げるようになる。


 私が裏門を抜け遠出する時や、車庫に入れる頃には白犬はいつの間にかどこかに行ってしまう、、、


 また朝になると、トラクターの横に付いてくる。私はタンクに注ぐホースから、わざと少しミルクをこぼす。ハマダは、そう言う事を気にしない。

 それを楽しみに待つ白犬のために。


 可愛い。。。


 そんな事をしながら、ここに来てもう2ヶ月が経ち、イスラエルでの暮らしを折返す。

 つづく…

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