【人生はプース・カフェ Barに集えば…】イスラエルの夏2001 ⑧『非日常・9.11・ニューヨーク同時多発テロ』
プース・カフェとは、様々なリキュールの比重の違いを活かし、幾重に鮮やかな色が重なるカクテル。人生もまた色とりどりの思いでの重なり…
【8.1.テレビルーム】
2001年9月11日。イスラエル時間15時過ぎた頃。オランダ人のニックが珍しく遠くから声を掛けてきた。
「ヘイ、Masa!テレビルームに行ってニュース見てきな!」「なに?」「いいから、行け!」
テレビルーム、、、みんな居る。。「ハイ。」「なに?」、、、無言、、、テレビに目を向ける。皆そこに目を奪われてる。
「なに?これ?」
「ワールドトレードセンターが壊された!!」
「え?トレードセンターって何?、、」
本気で、映画だと思った。映画じゃないと、気付いた時、何が起きているのか分からなくなった。
無音で記憶に残っている。何度も繰り返される「非現実的、白昼夢的、妄想的、現実。」
飛行機が高層ビルに何度も何度も何度も突っ込んでいく。
しばらく「テレビルーム」にいて少し理解できた事。2001年9月11日にNYでとんでも無い事が起きたと言う事。他国に囲まれたイスラエルは対岸の火事では無いという事。「ウサマ・ビンラディン」という有名なイスラム系テロリストが当初から首謀者として容疑がかかっていたという事。
【8.2. 手紙とサラと青空と】
呼応する様に、イスラエルでの自爆テロでの被害者数も増えている様に感じた。新聞で毎日起きるテロが、知ってる街で起きた。先日歩いたハイファの街の通りでも血が流れた。
日本から、父から、友達から、E-mailで「今すぐ帰る事が賢明だ。」とメールが来た。友達はスルー出来たが、父はスルー出来なかった。父からは、もし万が一の事(つまり私が死ぬ事)が起きた時、父は骨をイスラエルに取りに来ると、ただ、死んじゃだめだし、イスラエルにも行けないと。かなり困難だと。
ボランティアリーダーのサラの部屋に行った。サラの部屋に行く時は、自分の洗濯物を取りに行く時と、月のお小遣いをもらいに行く時だけだ。
はじめて、相談としてノックした。
サラはいつもと変わらずな表情でゆっくりと笑いかけてくれた。
いつもと変わらない笑顔、だけど何しに来たか分かってる、そんな笑顔。
「Masa、どうしたの?」
彼女の変わらない優しい目を見たら、言葉が溢れた。
「怖い、どうしたらいいの?日本のみんな帰って来いという。父も帰れと。イスラエルは危ないの?僕は日本に帰った方がいいの?」
「Masa、ここ、イスラエルが戦争になったら、世界は戦争だよ。安全な場所なんてどこにも無くなるんだよ。」
家族、親戚を全員殺され、ここイスラエルに辿り着いた人の言葉は、よく手入れされた刃物の様に心に刺さる。
「じゃあ、、どうしたらいい?」
「お前はどうしたいんだい?」
「ここにいたい。」
「それが答えだよ。いたい所で、好きな事をしなさい。」
手紙を書いた。父に宛てて。
『お父さんへ、
日本では、イスラエルはとても危険に見えるでしょう。でも、イスラエルは日常的です。サラというお姉さんが、イスラエルが危なくなったら、世界は戦争だと言った。安全な所なんて世界中どこにも無くなる。だったら、今あなたの出来る事をしなさいと。
瞬間に答えたのは、「ここにいたい」だったよ。まだ僕はここでやる事がある。ここに来た理由がある。だから、まだ帰らない事にした。
万が一、僕が帰らない事になった時、決して僕の遺体を探しに来ないで欲しい。僕が死んだら、ここイスラエルの地で、誰かが土に埋めてくれるでしょう。そして、ここは地球です。大地は繋がっているので、土に分解されて、時間をかければ死んだ後も日本に帰れます。
ただし、僕は絶対に死なない、必ず生きて帰るので、心配しないで待っててください。ここで、中途半端に帰ったら、あなたの息子は一生心残りを残して生きていく事になるでしょう。ちゃんと帰るから、後悔だけは、させないでください。
ちゃんと帰るから。
2001.9.20. 正朋』
ポストに投函した、真上に広がる青空は、世界中と繋がっていて、ふっと吐いたため息が、風に乗って日本に飛んでいくんじゃないかと思った。
【8.3. 決意】
日本にいて若干20年以上、「死ぬ、殺される」と思った事はほとんど無かった。今は毎日それを感じている。しかしそれも確率の問題だと理解する。日本にいるより、100倍テロに遭う確率は高いかも知れない。しかし、1回のテロに対して、自分がそこに巻き込まれる可能性は0.0001%とかだったとして、毎日1枚くじを引いても、4ヶ月で「ジョーカー」は引かない。だろう。と。
もう、同じ感覚では駄目なんだ。毎日、殺されるかも知れない可能性を持ちながら、生きのびていかないといけない国なのだ。暴力的になる事ではなく、そういう意思と自覚を持つ事だ。それは、ある程度慣れるまでは、酷い恐怖としてのしかかる。怖くて涙が出そうになる。それでも、何かあった時の事を「ジョーカー」と表現した事は、不適切で、悔いていて、悔いているから、あえてそのまま綴ってみた。
今、自分がどこに居て、
今、周りに誰が居て、
今、地形がどうで、
今、街がどこで、
なんて事を
今、意識して、
今、共存する。紛れ込む。
アジアンは狙われる対象では無いので、さらに確率は下がる。
今、この国で生きて行く。
テロは、、、なんとか回避する。
「夢で死んだ日」からも何度も死ぬ夢を見た。もう夢の中で逃げる術も身につけ始めていた。夢の中で何度かライフルで「蜂の巣」にされた。銃弾が当たった場所から、毎度も生暖かい血が流れた。痛みは無かったが、恐怖は残った。
そうやって、ここで生きていく決意を私はした。...
つづく…
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