【人生はプース・カフェ Barに集えば…】イスラエルの夏2001 ⑤ハングリーさ・芽生
プース・カフェとは、様々なリキュールの比重の違いを活かし、幾重に鮮やかな色が重なるカクテル。人生もまた色とりどりの思いでの重なり…
【5.1. 差別・劣等感】
1週間程すると、私の部屋にもルームメイトがやって来た。デンマークから来た大学生のクリスティアンだ。ジャーナリストを目指しているという。私が部屋に置いていたTOEICの模擬テストの本をみて、すらすらと解き始めた。デンマークの大学生なら大抵は英語は出来るのだと言う。
誰かと住むのはそれなりに気を使うが、ルームメイトが出来る機会などなかなか無いし、日々の会話でコミュニケーションも上達するだろうと楽観的だった。
総じてヨーロッパからのボランティアは何というか、バケーション感覚で、気軽というか、余裕を持ってキブツに来ている雰囲気だった。
キブツもヨーロッパではポピュラーなのか、ドイツからの大学生の女の子は夏休みに毎年来ていると言っていたし、オランダからのイケメン2人は昼過ぎに仕事が終わると、どこからか持ち込んだ、椅子ほどのスピーカーでテクノを流しながらビールを飲んでバカンスを楽しんでいる。
まあ、初めての海外で、英語も話せず、未知の中東の異国に来た私とは色々意気込みも違うし、それぞれの理由があるわけだから、そこは大して気にしても仕方ない。私も早く彼らみたいに、ここでの生活に馴染んで楽しめる様になれば良いのだ。
英語の出来るクリスティアンやクレアは初日からキブツ・カファマサリクのメインジョブであるアボカド畑への収穫に駆り出されていた。暑い中、埃まみれ、汗まみれになりながらの畑仕事は大変だろうが、毎日皿洗いの私にとってはとても羨ましかった。
朝早くから畑にでるが、ランチ前に仕事は終わり数人で楽しそうにダイニングルームに帰ってくる姿は「誇り高き兵士の凱旋帰国」そのものだった。
私が洗い物の仕事を終えてみんなに遅れてボランティア・エリアに帰ってくると、すでに皆は思い思いの午後を満喫していた。
珍しくビールを飲んで、少しテンション高めのクリスティアンが不躾(ぶしつけ)に私に問いただした。「なんで日本人は2度も原子爆弾を落とされたのに、アメリカに憧れてるんだ?」なんだかニヤニヤと笑っている。その表情から感じ取るものがある。
突然、土足で上がり込まれた気がした。
、、とは言え今までそんな事、考えた事もなかった。そんな自分にも恥じた。日本語でもまともな答えを用意出来ていなかったから、英語で返答など出来るわけもなく、混乱し、曖昧な返事をし、嫌な空気感だけが汗まみれの陽だまりに漂う。
仕事が終わると1人で部屋で過ごす事が多くなった。早く話せるようになる為に、仕事が終わるなり部屋で問題集を解いた。先の見えない戦いに入った気がした。それと同時に、毎日デービットとのやり取りで英語を使うせいで頭はいつも疲れ切っていて、陽が沈む前に寝ている事が多くなっていた。
サラがいろいろ見越してなのか、たまたま部屋が空いたからなのか、クリスティアンとのシェアは間も無く解消され、別の1人部屋に移っていた。
その日もまた、1人部屋で問題集を読みながらウトウトしていると、外から男女の声が聞こえた。
「マサは?」「また寝てるんじゃ無い?」2人の笑い声。「I think............Maybe......」私の真似。それは自信の無い当時の私の口癖だ。
そして笑い声が砂利を踏む足音と共に遠ざかる。
その頃同時に、この国では毎日テロが起きているのではないかと、ほぼ読めない英字新聞の一面の写真と、そこに書かれた数字で否が応でも気付かされていた。
【5.2. 揺らぎ・妄想】
環境や生活が違い過ぎて、もう随分長い時間が経ったような気がしていたが、カレンダーはまだ2週間しか経っていなかった。一度だけ数人で近くのショッピングモールのマクドナルドに行くとの事でついて行った。見慣れたハンバーガーショップの入口にもライフルを持った軍人が、持ち物検査をしていた。四国と同じサイズの国で毎日必ず起きているテロは恐怖そのもので、皆あえて口にはそんなに出さないが、みな危機感を常に持っている。
ただでさえ言葉の不安が有るのに、テロの恐怖とも戦う生活を目の当たりにする。どこが危ないのか、何に気をつけたら良いのか、聞き出さないと何もできない。一刻も早くサバイバルの為に英語をみにつけないと。
そんな矢先、恐らく寝ている間に、テロの直撃を受けたのか、私は浮遊体となり、遠いイスラエルから、実家の近くの友達の部屋で浮いていた。友達が部屋にいるが気づかない。部屋の時計はなぜか良く見えない。ああ、そう言う事か、、、何故か凄い安堵感に満たされた。肩に乗った大きな荷物が降りた気がした。浮遊したまま自宅に帰り、父を見た。父は寝ていた。明け方なのか暗がりに薄っすら光が見える、、、
突然、その明るさに目を覚ます。慣れた自宅のベッドから見る景色と違う。何処だここは??
、、、、イスラエル!?キブツだ、、、夢だった、、、あと3か月、耐える自信が揺らぎ、体が震えた。。
【5.3. 出力・脱力】
ダイニングルームの入口は何段か階段で上がるとタイル張りのスペースで、日陰で冷んやりとして気持ちがいい。腰掛けてボーッとするのが癖になる。葉の大きな木や、背の高い椰子の木が何本も生えていて、夏の早めの朝の光が緑を鮮やかに照らし出す。朝食前にここに来てゆっくりとタバコをふかす。夏とはいえ朝の風は涼やかだ。ここはとても平和に感じられる。そして実際に平和だ。いろんなプレッシャーが全部忘れられるくらい、平和で長閑だ。
今日も排水溝の掃除まで全て終え、汗だくで腰掛ける木製の椅子はまるで小学校にありそうで、壁に3つほど並べられている。デービットも仕事を終え横に腰掛け2人で並んでタバコをふかす。ここは仕事を終えた安堵の場所だ。昼から傾き始めオレンジ色に変わり始める少し手前の日差しが窓から注ぎ込む。その陽の熱に安堵を覚える。ノーブルスという緑のパッケージのタバコは何回かもらって吸ったがキツいし喉が痛くなる。
ふとデービットに、言っても仕方ないような愚痴を言ってみる。「全然英語、話せるようにならないんだけど、、、」いくらデービット相手でもこれは寄っ掛かり過ぎだと分かっていた。分かっていたけど言わずにいれなかった。
大した答えは期待していなかった。ただ愚痴を聞いて欲しかっただけだ。
しかし、デービットは思いがけず画期的な発言をした。「マイ・フレンド、、」とデービットは話し始めた。
「とにかく今はアウトプットをしろ。インプットは後回しだ。読まずに、書け!聞かずに、話せ!」
私はここの所インプットばかり心掛けていた事を話した。そして、日本での英語学習もそうだったと話した。そして「読めなければ、書けないし、聞けなければ、話せない。と思っていた。」と言った。デービットは「関係ない、とにかくアウトプットしろ!もう部屋で閉じこもって勉強なんかするな、部屋を出て友達と話せ!部屋で寝てないでカフェで友達を作れ!、I think!Maybe!も立派な英語だ!」と勇気づけてくれた。
夕方からキブツには無料のカフェがオープンする事を知っていたが、1度アンディと行ったきりもう何日も顔を出してなかった。カフェの外にもテーブルは幾つもあって、ボランティアやキブツニーク達が楽しげに夕食前の時間を楽しんでいる。
同じボランティアのオランダ女子のジョーは、何人かのボランティアとテーブルを囲んでいた。私は思い切って、そのテーブルにコーヒーも持たずに割って入り、今日あった事を話し始めた。皆突然の私の乱入に明らかに、はじめは不審な目をしていたが、やがて受け入れてくれた。特にジョーはファンキーな雰囲気でなんでも大らかに受入れてくれる。たどたどしくも、会話に割って入る私のペースを合わせて話してくれた。後で、居合わせたボランティアは皆オランダ人でオランダ語で話をしていた所に私が割って入った事を知る。
インプットばかりの学習は、選択肢を選ぶだけの回答しか出来なくなる。
人生はアウトプットだ!まず選択肢を自ら見つける事からはじまり、そして道を切り開き、答えを出力していくのだ。
その夜は、たまに吸う、ノーブルスのキツさに慣れを感じ、揺蕩う安堵に脱力して目蓋を閉じた。
つづく…
Bar Blue Reef | バー・ブルーリーフ
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