【人生はプース・カフェ Barに集えば…】イスラエルの夏2001  ④キブツとボランティア

お酒

プース・カフェとは、様々なリキュールの比重の違いを活かし、幾重に鮮やかな色が重なるカクテル。人生もまた色とりどりの思いでの重なり…


【4.1. 朝食の出会い】

 玄関先の石段に腰掛け、マイルドセブンに火を付ける。朝の空気は凛としていた。足元の葉っぱの朝露がビーチサンダルを濡らす。昨日の疲れは一晩寝るとすっかりなくなり、希望にみち、空腹におそわれ、大食堂へ急ぐ。


 6時からのビュッフェスタイルの朝食は、まだ人はまばらだった。新鮮な野菜と、パンとピタ。不思議な豆のペーストと、美味しそうな肉のトマト煮。キブツのボランティアなら、この食事がただでありつけるのだ。

 ミルクと食事をトレーに乗せ、レジに向かう。一応カウントはするのだが、支払いは無い。まだほとんど空いている早朝のテーブルをみて、レジから離れた窓側の席を選んで座る。


 肩まであるブロンド髪に、青い目と、赤いTシャツを着た女の子がそんな私を見つけて声を掛けてくれた。歳は同じくらいか。同年代の異性の外国人とまともに接した事のない私には、彼女の姿は眩しすぎた。眩しすぎて何が起きているのか良く理解出来ていない。なぜかそんな彼女が、僕の目の前にトレーを下ろす。昨日ボランティアのダイニングルームにいた中の1人だ。その時も話す事は無かったが、ひと際人の目を引いた典型的な美人だ。

 「一緒に朝ご飯食べよう。」と彼女は言ってきた。「もちろん」私は答えるが、そこからが続かない、、、言葉が通じたら、聞きたい事は山程あるのに。私が聞けるのは名前、出身、年齢だけだ。5分で終わる。1つ歳上でオランダから来たと言う彼女の名前もまた聞き取れずメモにも残っていなかった。その後、何日かしてもう1度だけ彼女を遠くに見かけたが、恐らくボランティア期間が終わり、オランダに帰ってしまったのだろう。それから2度と出会う事は無かった。



【4.2. ディッシュウォッシャー・デービット】


 ダイニングルームと呼ばれる大食堂は、1度にゆうに150人くらいは座って食事ができる広さだ。ビュッフェスタイルでいつも新鮮な野菜やソーセージ、ヨーグルト、豆料理、卵料理、肉料理など豊富に用意されている。400人ほど暮らすキブツニークと呼ばれる人達、我々ボランティア約10人、そして外から働きに来るイスラエル人も少しいて、ここで食事をする。キブツニークは家で待つ家族の為に食事をテイクアウトする事も出来る。

 食事をレジに持って行くと値段のついたレシートを貰うが、支払いは誰もしていない。恐らくボランティア以外は後でまとめて請求されるのだろう。利用できるのは、朝と昼だけで、夜は個々の家に任せられる。


 この大きな建物は3分割されていて、大きなダイニングルームの他に、奥に大きな調理場があり、その間の半分くらいのスペースが洗い場となっている。

 洗い場には巨大なベルトコンベアーの周る食洗機があり、毎日ここで何百人分もの食器が乗せられれ洗われてゆく。洗い場に名物男がいる。彼もまた外からキブツに働きに来ているのだが、彼を知らない者はいない。陽気で話し好きなインド出身の小男だ。


 みんなが食事を終え、洗い物をトレーに乗せてやってくると、彼は誰かれ構わず声をかける。トレーとお皿が全てベルトコンベアーに乗せられるまで話は終わらない。誰もが自分の食事の洗い物を彼の待つ洗い場へ持っていかなければならないので、彼は誰よりもキブツの人々に会っていて、誰よりも有名人だった。


 彼の愛称は「ディッシュウォッシャー・デービット(皿洗いのデービット)」。彼がこれからボランティアとして働く私のボスだ。


【4.3. 洗い場】


 新入りのボランティアで、特に英語が話せない者は、まずディッシュウォッシャー・デービットの所で働く事になる。とは言え、英語が話せないボランティアは少なくて、ヨーロッパ出身者は第2言語で、アフリカ出身者はアフリカン・イングリッシュ。あまり話せないアジア人はイスラエルまでやって来ない。後に親友となるチェコ・リパブリック出身のアンディや、後からくるもう2人も少し英語が苦手で、アンディは私が来るまでは「洗い場の先輩」だった。


 仕事は至って簡単で、食事を終え持ってきた食器を、まずセルフサービスで持ってきた人が、コンベアに乗せられた専用のカゴに整頓しながら乗せて行く。カゴはお皿が立てられる様になっていて、20枚は簡単に乗る。お皿を乗せたカゴは全長10メートル程の楕円形のコンベアに乗って、食洗機に洗われて、ぐるっと周って出てくる。綺麗になったお皿をカゴから取り出してワゴンに重ねて行く、汚ないものはもう一回食洗機にもどす。


 この仕事に本来会話入らない。しかしデービットは朝から夕方までひたすら流暢な英語で話し続ける。「マシンガントーク」だ。ここイスラエルで、彼は朝から「マシンガン」をぶっ放していた。彼は時にヘブライ語も話すし、アラビア語も話す。そしてチェスが誰よりも強い。


 そんな彼と毎日居ると、ただの皿洗いが驚くほどの疲労に変わる。ずっと質問攻めに遭って返事を返し続けないといけない。もう、「返事がうまく返せない。」などと言ってられない。デービットは答えられなければ、どんどん言葉を変えて、表現を変えて詰めてくる。同じ質問を幾つもの表現で投げてくる。そして質問される事に疲れた私は、質問される前にデービットに質問をする。しかし質問は直ぐに尽きてしまい、またデービットの質問攻めに遭う。英語が苦手なボランティアがまずデービットと働くのはこれが理由だ。デービットは最高の英語の先生だ。


 朝の皿洗いが終わり、食洗機を止め軽く洗い、綺麗になった食器類をダイニングルームに運ぶ頃、昼ご飯が始まる。デービットはいつも私を先にランチに行かせてくれる。私が戻るとデービットが替わって食事に行く。デービットが戻る頃にはまた、「大量の洗い物」と、「大量の質問」がベルトコンベアーに乗って押し寄せてくる。


 昼3時頃に再度、食洗機を止めて、今度は排水溝の中までブラシがけをする。朝から何百人もの洗い物を流してきたのだ、排水溝掃除は、毎度なかなかの心の準備がいる。デービットは、私が排水溝の掃除をする時、危険だという薬品で食洗機の外側を掃除する。午後4時には全て終わる。


 デービットと吸う、このタイミングでのタバコは好きだった。仕事を終えた後の一服はどの国でも共通して最高なのだ。デービットはタバコを吸いながら、は決まってMasa、「ちょっと話をしようぜ」と言ってくる。

 「いや、今日も1日中散々話したでしょ!」ツッコミたいが、それは人として言えない。

 程よい感じでデービットはみんなに好かれ、程よい感じで軽く見られている。だからか彼と話す事に緊張感を持たない。そんなデービットは誰にも頼まれず、いつも勝手に最高の先生をまっとうする。


 そしてたまに、私のマイルドセブンを貰いタバコする。

 つづく…

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