【人生はプース・カフェ Barに集えば…】イスラエルの夏2001 ③1歩ずつ、いっぽずつ。

お酒

プース・カフェとは、様々なリキュールの比重の違いを活かし、幾重に鮮やかな色が重なるカクテル。人生もまた色とりどりの思いでの重なり…


【3.1. クレアとの出会い】


 クルェアとか、クルーアとか。何度聞き返しても彼女の名前を同じ発音で聞き取ることが出来ない。名前と出身と年齢を聞いたらもう話がなくなってしまう。ちなみに、いちいち年齢を聞くのは日本人の悪い癖だと後で知る。さらに女性に年齢を聞くのは日本人でもタブーだと後で知る。


  何度か彼女は他の質問をしてくれたが、私の返答がたどたどし過ぎたので、間も無く2人は無言になった。私の返答は「え?、、えっと、なんだっけ?」と言った感じた。私達の無言のバスは、そんな事に無関心のまま、見知らぬ街並みを走り抜けて行った。


  このバス停かな?と言う風に彼女は言って、私に降りるように促した。もう完全にどこか分からない。彼女と離れたら終わりだ。彼女はさらに地図を見ながらボランティア・オフィスを探した。

  程なくしてオフィスは見つかり、我々はボランティアとして登録された。


 現在、いくつかのキブツから、ボランティアを募集がかかっていて、その中から行きたい場所を選べるとの事だった。日本で見たキブツのホームページで、「南端のエイラットのキブツならイルカに会えるかも!?」の触込みに感化され、エイラットを希望していたが、今はそんな事言っていられない。

 彼女が「どうする?私と一緒がいい?別がいい?」の質問に「一緒。」と即答。登録料約10,000円を支払って、オフィスを後にする。

 旅の再開だ。「カファマサリク」というキブツに所属する事になったのだが、当時の私のメモにはカファマサリクに行く途中の主要都市の「ハイファ」に住む事になったと書かれていたが、それに気づくのはしばらく後の話だ。


 そして最終的に私は彼女の事を「クレア」と表記して、外国人風に発音する事に決めた。

 「クレーア」。



【3.2. 長旅の末に】


 クレアの後に付いてまたバスに乗り、大きなバスターミナルのある街についた。ここがハイファだ。テルアビブが東京なら、ハイファは海も近いし横浜といった所か。そこからまたバスを乗り継ぎキブツ・カファマサリクへ向かう。

 北部の旧市街であり、海に向けた要塞で、かつてナポレオンの侵入も阻止したという歴史のある街アッコーと、ここハイファの間あたりに、そのキブツはある。


 昼にテルアビブ空港につき、それからすでに陽は傾きはじめていた。バスターミナルは何となく黒っぽいというか灰色っぽい。おそらく長年の車の排気ガスを一切清掃してこなかったせいだろう。

 そしてこの辺りに来るとやたら軍人が多くなる。軍服を着て長いライフルを肩から掛けている。日本では拳銃すら、まず見た事がなかったので、単純に驚く。アメリカ軍のベース基地がある横須賀出身でも、ライフルを見る事は決してない。

 そうこうしているうちに、クレアが目的地に向かうバス停を見つけ、程なくしてバスに乗り込む。寒くはないが、少し風が出てきた。4時半を過ぎたあたりだった。疲れと空腹がねじれあってまとわりつく。


 バスは大通りをひたすら走る事30分、カファマサリクのバス停に到着した。僕らは少しホッとした。長旅の末になんとか目的地にたどり着いたのだ。もう乗り物に乗る事はない。日本から数えるともう何度も日付変更線を超えて何時間か分からないがざっと38時間くらいは経っていた筈だ。南アフリカ出身のクレアにとっても長旅だった筈だ。あと一息。今すぐベットで寝たいけど、バス停から一目ではキブツを見つける事が出来ない。


 路肩は舗装されておらず乾いた土が、時折吹く強い風に舞い上がる。小さい石がスーツケースのタイヤに引っ掛かり一気に足取りが悪くなる。ゴールを目の前にタイムアウトで力尽きる気分だ。だから、みんなバックパックを持つのか、、旅先全てが舗装されているわけではない、いやむしろ「舗装されていない場所」を目指すのが旅なのだ。だから荷物は背中に背負うのだ。


 また強い風が吹き10分ほどで顔が真っ黒になる。スニーカーに土埃が入ってくる。風の匂いが違う。違うというか、故郷にいた時は慣れ過ぎて風の匂いを感じなくなっていたのか。同じ地球なのに、こうも空気が違うものか。同じCO2の筈なのに。見るもの全てが異国そのもので、常識も、言葉も、文化もなにも通用しない。吹き付ける風はそんな感じの匂いがした。

 Masa!「ゲートを見つけた!多分あれがキブツの入口だ!」クレアが歓喜の声をあげた。




【3.3. 心に残る一杯】


 誰にでも心に残る一杯はある。そしてそれをふとたまに思い出す。


 ゲートをくぐるとしばらく何も無いアスファルトの道が続く。次にバンガローの様な小屋が点在するのが目に入る。キブツの住人らしい男に、ボランティアリーダーの部屋に行くように言われた。小さなバンガローの様な部屋には60代後半になりそうな女性のサラがいて、我々2人を迎えてくれた。簡単に施設の案内をし、暮らす事になる個々の部屋へ連れて行ってくれた。


 クレアは既にいる他のボランティアの女性と相部屋で、私はとりあえず1人部屋だった。何年か前に一度日本人がボランティア出来たらしく、日本人は綺麗好きと決めつけ、なぜかタワシを2つもらった。

 荷物を置いて一休みしたら、ボランティアのダイニングルームに来るようにと言われた。ニューフェイスのお披露目会か。


 既にダイニングルームには10人程集まっていた。その中にクレアの姿もあったが、向かいの男性と話をしていたので話しかける事はできなかった。

 所在無くしている私に、金髪のドレッドヘアーを背中まで伸ばした優しい顔の男性が話しかけてくれた。「アンディ」と名乗った。


 何となくみんなが静かになり私に注目をした。私はアンディ越しにテーブルの面々に名前と出身と年齢を告げた。何人からか質問が上がったが私の返答はたどたどしく、間も無く諦めたのか質問をする者はいなくなった。

 誰かが今度は彼女の番だと言った。クレアは立ち上がり堂々と、ここ迄の道中を語り、みんなの興味を引いた。私が注目を浴びたのは約2分で、あとはクレアへの注目がダイニングルームを支配していた。初めての場所で楽しげに、親しげに、話す彼女は誰が見ても魅力的だった。


 時計は既に夜の8時を指していた。ボランティアの半分は部屋に帰っていた。みんな個人主義で、大皿を囲む様なパーティーでは無かった。食べたければ自分で作り、食べる。大食堂での朝食まではまだ大分時間があった。イスラエルについてから水すら口にしていない。クレアはルームメイトと部屋で何か食べると出て行った。


 何もできないとは言え私も20代前半の男子だ。何もしなくとも腹は減る。しかし仕方ない、今夜は部屋に戻って水道水を飲んで寝よう。イスラエルの水道水は飲めるのか? まあ良い、水道水を飲んで寝よう。ダイニングルームのルールは後々覚えよう。あの冷蔵庫の中身は誰のものなのか。空腹で目眩がしそうだった。眠れるか不安だった。なんとも情けない気持ちだ。何しに来たんだ。38時間かけてイスラエルまで来て、大して歓迎もされず、、水すらすすめられなかった。

 そんな事を思うと涙が出そうになった。


 Masa、Masa、、

 私を呼ぶ声に我に帰った。チェコ出身のドレッドのアンディだ。

 「Masa、疲れたでしょ?カフェオレでも飲まない?」

 本当に涙が溢れそうだった、、、

 つづく…

Bar Blue Reef | バー・ブルーリーフ

1-17-12 Chuo-cho,
Meguro-ku, Tokyo 152-0001 Japan

〒152-0001
東京都目黒区中央町1−17−12

Open 19:00 PM 〜  Close 22:00PM

東京都の要請に従い
8月3~8月31日
営業時間を22時までに短縮させて頂きます。
オープン時間を早める事も検討しております。
お気軽にお問い合わせ下さい。
※引き続きのコロナ感染防止の対策として
・アルコールスプレーの設置
(入口、カウンター、トイレ)
・スタッフのフェイスシールド着用
・常時換気とサーキュレーターによる循環 
・店内6名様までと、人数制限による
    ソーシャルディスタンスの確保
・パーテーションの設置
等々を実施しております。


日曜日定休日

+81 (0)3 6451 0396

https://www.barbluereef.com/


SHARE