【人生はプース・カフェ Barに集えば…】イスラエルの夏2001 21『ありがとう、さようなら』
プース・カフェとは、様々なリキュールの比重の違いを活かし、幾重に鮮やかな色が重なるカクテル。人生もまた色とりどりの思いでの重なり…
【21. 1. マイフレンド】
デービットはよく、「ヘイ、マイフレンド!」と話かけてきた。はじめは何だか馴れ馴れしく、鬱陶しく感じたけど、慣れてくるとそう言ってくれる友人がいる事を心強く感じた。「マイフレンド」とか「マイブラザー」とか言われると、恋愛対象ではない人に対しても、告白や愛情表現をしてもらっている気分になった。
それは嬉しいものだった。
誰かが私を認めてくれていると言う事はとても心強かった。
既にクリスティアンや、ジョー、マーティン達は自分達の国に帰っていってしまい、テロのせいで新しいボランティアは、ほとんど来なかったので、当初12人ほどいたボランティアは、私を含め残り6人程になっていた。
クレア、ピア、アンディ、クリス、ムフと私は、とても良い関係を築いていた。クレアとアンディはたまに言い合いをしているのを見かけたけど、、、と言うよりクレアがアンディにクレームを言っていだのだけど、あえて仲裁はしなかった。
ただ何食わぬ顔で「なに話してるの?」と割って入ると、言い合いは終わった。
アンディも特に気にしていない、と言うより、気にしてどうとかなる事で無いことを悟っていた。クレアはシンプルにアンディの髪型が気に入らない様だったからだ。
ここにいるボランティアの仲間達は私にとって全員が恩人だ。
助け合う為に集まったわけでは無いけれど、それぞれのタイミングで、助けられたり、かけがえのない体験が出来たり、気づいたりする事ができた。
夕方、コーヒーショップでクッキーを食べたり、暗くなって部屋の前でビールを飲んだり、チェスをしたり、ウォーターパイプを吸ったりしながら、取り止めのない話に夢中になっていた。
いつも勇気づけてくれたマイフレンド達に「トダ・ラバ(ありがとう)」と告げた。
【21.2. ラストデイズ】
クレアはまた涙を流してくれた。私が日本に帰る事を伝えたからだ。ピアはホッペにキスをしてくれた。サラ、ミラン、ムフ、ロン達と別れのハグをした。デービットは、一緒に日本でシュワルマの店をやろうと。だから連絡をくれと。一応軽く返事をしてハグをした。
部屋の荷物をまとめ、何枚かTシャツも持って帰る事にした。「コゥ・リム・リー・マサ」とヘブライ語でプリントされたTシャツは、私の誕生日にピアの発案でロンが何処かで作って来てくれたものだった。
「私の名前はマサです」
勿論それは素直なお祝いの気持ちだが、「マサ」の発音を少し変えると「バカ」の意味になるという、かなり微妙なプレゼントだったので、部屋に飾ってあり、あまり着ていなかったた。
もうすぐクリスマスが来る。クリスマス前には帰ると言って日本を出てきたその時が、刻一刻と迫っていた。
部屋の白い壁に、あの時の私に、もしかしたらここに来る新しい日本人ボランティアにあてて、メッセージを書いた。
「私は4か月、ここにいる事が出来ました。掛け替えの無い友と、経験と共に。そして、約束した通りに無事に日本に向かいます。」
9.11.にニューヨークでテロがあった時、日本からは帰ってくる様にと皆が言った。「あなたは今どうしたいの?」と聞いてくれたサラの言葉が、ここに残る決意となり、とうとうここまでやって来れた。あの時もし帰ってしまったら、今はどんなに後悔した事だろうか。
サラは別れ際に私に言ってくれた。「あの時の決断を誇りに思うよ。」と。
そして私も本当にそう思えた。
そして最後の日、皆に別れを告げて私は、4ヶ月前に、埃まみれでくぐった、あのゲートの前に来た。あの時と変わらない風が吹いていた。埃がたまに風に舞っていた。
門の片隅には小さく「キブツ・カファマサリク」と書かれていた。
【21.3. 帰りのバスの窓から】
アンディがハイファまで送ってくれた。もうすでに、別れのハグも、ありがとうも、また会おうとも、チェコに行くとも、そして一緒にプラハでビールを飲もうとも、何度も、何度も、伝え合った。
壁が灰色に薄汚れたハイファのバスターミナルで、私が最後に乗るテルアビブ行きのバスがゆっくりと停留所には行って来きた。
本当に最後のハグをした。2人にもう伝え合う言葉は無くなっていた。ただ目を見て頷き、私はバスに乗った。
バスが出るまでアンディは動かずにそこに居た。優しく力強いアンディの目線がそこにはあった。少し優しく、少し力強くなった私の目線がそれを見ていた。
やがてバスは動き出す。アンディはその場から動かずにただ私を見送ってくれた。
アンディが見えなくなってしまう、その前に、「アンディ!」と心が叫んで、口から小さくその音が漏れた。
「アンディ、、、」
途端に行き場のなくなった心の血液が、身体中を巡り、苦しくて吐き出す様に、涙となって溢れ出した。
息ができなくて、苦しかった。今すぐバスを停めて、もう一度!!
「私は!ここに残りたいです!!」
と叫びたかった。
正午を過ぎて昼下がりの道を、バスは走り続けた。
バスの窓から見える景色は、ずっと前から見慣れていた故郷の様に見えて、また来たことも無い遠い遠い異国の地にも見えた。
もう一度、私はここに戻る事があるのだろうか。来る事が出来るのだろうか。
その時には、今のみんなはいない。私はまた1人でここに来るのか。
イスラエルは私の第二の母国だ。
もう暫く、ここには戻って来れなそうだ。体の力が一気に抜けて、ただ静かに涙が頬を伝っていた。
空港でクレアと出会って、初めてこの国でバスに乗った時、不安で一杯だった。
しかし、あの時よりも、今のバスの向かう道のりの方がよっぽど辛くて苦しかった。
バスはハイウェイを走り続けた。徐々に私の呼吸も落ち着いてゆき、頬を伝う涙を拭った。
それは、別れを理解した涙だった。
ハロー!
サンキュー!
ありがとう!
さようなら!
そして、トダ・ラバ!!
私を育んでくれた第二の母国、イスラエルとキブツ・カファマサリクへ。
つづく…
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