【高世仁のニュース・パンフォーカス】価値観をめぐる闘いが世界をつなぐ

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 資本主義と共産主義の間の「冷戦」が、ソ連の崩壊で終わりを告げてから30年近く経ちますが、いま世界は、また大きく二つに分断が進み、激しく争い合う時代に入ったように見えます。

 チェコの大統領に次ぐナンバー2のビストルチル上院議長の台湾訪問が波紋を広げています。

 90人の大訪問団を引き連れて台湾を訪れ、蔡英文総統とも会談して台湾支持の姿勢を明らかにした ビストルチル議長ですが、もっとも注目されたのが9月1日に立法院(議会)で行った演説でした。

 中国語で「私は台湾人だ」と語りかけると、全議員が立ち上がって万雷の拍手をおくったのです。

【NHKBS1「国際報道」より】


 これは1963年に西ベルリンを訪問したケネディ米大統領がドイツ語で「私はベルリン市民だ」”Ich bin ein Berliner”(イッヒ・ビン・アイン・ベルリーナー)と言った歴史的演説に範をとったものです。

 ケネディは、ともに共産主義と闘おうという意味でこう言ったとされ、ビストルチル氏は「ともに中国と闘おう」と台湾との強い連帯の言葉を発したことになります。

 中国は激しく反発し、ドイツ訪問中の王毅外相は厳しい表情で「深刻な代償を払わせる」とチェコを恫喝しました。


【NHKBS1「国際報道」より】


 EU(欧州連合)にとって中国は米国とならぶ最重要の通商対手国。どうなることかと思っていたら、すかさずドイツのマース外相が「我々は国際的なパートナーに敬意をもって接する。相手にも同じことを期待する。脅迫はふさわしくない」と釘を刺し、各国が次々にこれに続きました。

 チェコの隣国スロバキアのズザナ・チャプトヴァー大統領は1日、ツイッターで、チェコを支持し、中国の威嚇は「受け入れられない」と批判しました。EU(欧州連合)諸国がともに立ち上がって中国に異を唱えたのです。

 これは、かつての東西「冷戦」が復活したのでしょうか。いえ、そうではありません。

 中国は事実上の資本主義経済で繁栄し 、チェコも加盟するEU(欧州連合)にとって米国とならぶ最重要の通商相手国です。80年代までの「西側」対「共産圏」とは違った闘いが展開されているのです。

 チェコのリーダーの台湾訪問と時を同じくして、欧州ではロシアとの関係が大問題になっています。きっかけになったのが、ロシアの野党指導者アレクセイ・ナバリヌイ氏(44)が毒を盛られた疑惑です。


【朝日新聞9月4日】

【ナバリヌイ氏:朝日新聞より】


 9月2日、ドイツのメルケル首相は、事実上ロシア政府が犯人だと断定して激しく非難しました。ナバリヌイ氏は、8月20日にロシア国内で急な体調不良を訴え意識不明となり、ドイツに搬送されて治療を受けていますが、ドイツの軍の分析によると、旧ソ連で開発された化学兵器の「ノビチョク」に類する物質が見つかったといいます。

 欧米各国は2日、ドイツの発表にすばやく反応しました。

 ジョンソン英首相はツイッターに「正義が確実に実行されるよう、国際的なパートナーと協力する」と投稿しました。続いてフランスの外相が「ロシア政府当局には疑問に答える責任がある」と、またEUの外交安全保障上級代表は「責任者は裁判にかけられねばならない」と声明を出しました。

 さらにカナダ、イタリアの外務省もロシアに説明を求める声明を出し、国際社会が共同で対応する構図になっています。

 プーチン政権は、これまで数多くの「政敵」を暗殺してきました。

 2006年、ロシアの元情報将校アレクサンドル・リトビネンコ氏が、亡命中のロンドンで暗殺されるという事件が起きます。私は2年後ロンドンに行ってこの事件を取材しました。

 リトビネンコ氏は、ロンドン市内で寿司を食べお茶を飲んだ後、自宅で異常を訴え、23日間苦しみぬいて死亡しています。体内からは、大量の放射性物質ポロニウム210が検出されました。毛髪はすべて抜け、内臓がぼろぼろになっていました。


【リトビネンコ氏:朝日新聞より】

【放射性物質の毒性で容貌まで変わってしまった入院中のリトビネンコ氏:「国際報道」より】


 かつて住んでいた彼の家に行ってみると、ドアは封印され、立ち入り禁止のドクロマークが貼ってあります。事件後2年も経つのに、室内にはまだ危険な線量の放射性物質が残っていたのです。

英内務省の公開調査委員会は2016年1月、リトビネンコ氏の暗殺は、プーチン大統領の了承の下で行われた可能性が高いと結論付けています。

 遠く離れた海外にまで暗殺者を送り込むプーチン政権の残虐さにぞっとさせられます。

 5日朝刊には「パイプライン事業に影」との見出しの記事が載りました。

 ロシアから欧州へと天然ガスを供給する海底パイプライン「ノルドストリーム」がドイツまで結ばれていますが、その供給量を倍増すべく、いま2本目のパイプラインが建設中です。総事業費約1兆2千億円という巨大プロジェクトで、すでに工事の9割が完成しているのですが、この事業を中止しようという声がドイツの与野党から出ているというのです。政治的対立はあっても「政経分離」で、経済は互恵関係を続けるというこれまでの欧州・ロシア関係を見直す動きです。

 メルケル独首相は、毒殺未遂事件は「私たちがよって立つ基本的な価値と権利に向けられたものだ」と語っています。問題にされているのは、政治的な主義主張の違いではありません。より根本的な「価値と権利」を共有できなければ共存できないという非常に強いメッセージです。

 欧州を引き裂くもう一つの問題がベラルーシの情勢です。

 大統領選の不正疑惑をきっかけに、ベラルーシでは26年間も権力を握る独裁的なルカシェンコ大統領への退陣要求が高まりを見せています。民主化を訴える反政権派の幹部が次々に拉致、拘束または国外追放されるなど弾圧が強まる中でも、市民は連日、街頭デモで抗議を繰り返しています。

 大統領選で2位だった反政権派のチハノフスカヤ氏は、身の危険から選挙後に隣国リトアニアへ脱出しました。リトアニアとポーランド、ラトビアは欧州に対して、ルカシェンコ氏に断固たる行動を取るよう要請、EUは制裁措置を準備中と伝えられます。


【チハノフスカヤ氏:朝日新聞より】


 いま世界中で人々が立ち上がっていますが、何を目指しているのでしょうか。

 5日の朝日新聞「オピニオン」面に吉岡桂子編集委員が「タイ・香港・台湾 民主への絆」というコラムを書いています。

 タイ・バンコクの若者たちが、民主化を要求して開いた集会に「#MilkTeeAlliance 」(ミルクティー同盟)と書かれたプラカードが吉岡氏の目に留まりました。それを掲げていた大学生は、自分たちと香港と台湾の若者とは「似た立場」だといいます。そして、なぜミルクティーかというと、バニラの香り漂うオレンジ色の甘いタイティー、台湾はタピオカ入り、香港は練乳で甘みをつけた濃い紅茶。名物のミルクティーを絆にした心の同盟だというのです。


【タイの民主化要求デモには中高生も参加している:朝日新聞より】


 いま世界で起きているのは、国益をめぐる国家間の闘いや、「右」か「左」かという主義の優劣を競う争いのように見えるかもしれません。しかし、その根源で闘いを支えているのは、一人ひとりの人権、自由を尊重するという「価値観」です。この「価値観」をめぐって、一国の中での運動と国家間でのせめぎ合いとが同時に、複合的に進んでいるのが今の世界だと思います。

 テニスの大坂なおみ選手が試合ごとに掲げた「Black Lives Matter」(黒人の命も大切だ)のメッセージは世界中に大きな反響を呼びました。きっと、香港、ウイグルやベラルーシの人々の心にも響いているでしょう。


【大坂なおみ選手のツイッターより】


 警官に殺された7人の名前の書かれたマスクについて聞かれた大坂選手は、”What was the message you got?”(あなたがたは私からどんなメッセージを受け取ったのですか)と逆に私たちに問いかけました。

 私にはこの言葉が、日本に住むあなた方も人権と自由を求める「心の同盟」に加わってくださいと呼びかけているように聞こえました。

 みなさんはどう受け取りましたか。

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