高世仁のニュース・パンフォーカス アフガニスタン・リポート② “女性の権利”をめぐるタリバンと国際社会の緊張」
ちょうど大寒にあたるころ、日本に大寒波がやってきましたが、みなさんのところは大丈夫でしたか。
アフガニスタンも、この十年でもっとも寒くなっているとのことで、この冬を越せない人が数多く出るのではと心配がつのります。前号でお知らせしたように、この国はいま、未曽有の危機にあるからです。
【アフガニスタンとパキスタンの国境の山々。アフガニスタンは7割が山地である。(筆者撮影)】
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は、去年の秋から、アフガニスタン国民4000万人の半数以上にあたる2400万人と国内外の難民・避難民570万人(去年11月現在の推定)に人道支援が必要だとして、緊急支援を訴えていました。
アフガニスタンの危機は、「数年前から続く干ばつと経済崩壊があいまって」(世界食糧計画の去年11月21日の報告書)起きました。世紀の変わり目ごろから、激しい干ばつがアフガニスタンを襲い、農村の暮らしはすでに追い詰められていました。
そこに追い打ちをかけたのが、欧米はじめ国際社会からの経済制裁です。アフガニスタン政府の資産も凍結され、ただでさえ脆弱な経済は壊滅的な打撃を受けました。2021-2022年の実質GDPの落ち込みは30~35%にも達したと推定されています。(世界銀行の試算)
窮乏のはてに、自分の臓器や赤ちゃんまで売って借金返済にあてるなどという悲惨な状況も報じられ、アフガニスタンは世界最悪の人道危機の真っただ中にあります。
【農村を捨てて都会に出たが、生活費が尽き、腎臓を売る人、さらには自分の赤ちゃんを売る人もいる。(朝日新聞2022年8月15日朝刊)】
経済制裁の理由の一つが、タリバン政権下でのいわゆる“人権問題”、とくに女子に教育を受けさせないなど女性の権利を抑圧する施策です。
タリバンは、おととし夏、20年ぶりに政権に復帰すると、日本の中学高校にあたる7年生から12年生までの6学年の女子の学校教育を停止しました。これは大きな波紋を呼び、欧米を中心に海外から激しい非難が寄せられました。いまや女子教育の問題は、タリバンを国際社会に受け入れるかどうかを左右する最大の試金石になっています。
11月下旬、私は首都カブールで、学校に通えなくなった少女たちがタリバンに隠れて学ぶ「地下学校」を取材しました。
案内されたのは郊外の個人宅で、その一室に十数人が集まっていました。物理の授業だったようで、先生役の女性が「仕事量」の計算式を、小さなホワイトボードに書いて説明していました。彼女は本職が教師で、11年生と12年生(日本の高2と高3)が担当でしたが、教える生徒、いま学校には給料を受け取りに、週一度だけ行くそうです。彼女は、教師としての使命感から、自宅で「地下学校」を始めました。
【先生(左)と生徒たち。一緒にきた母親も授業を聴いていた(筆者撮影)】
生徒の一人、13歳の少女は、学校に行けなくとも、将来法律家になる夢をあきらめたくないといいます。部屋は暖房がなくかなり寒かったのですが、少女たちは姿勢を崩すことなく、熱心に授業を聴いていました。
規模の大きな「地下学校」もあります。
後日取材した別のところは、ある種の専門学校として行政の認可を得て運営しており、教室が何部屋もありました。表向きは編み物や刺繍、コーランなどを学ぶ女性のための学校として届け出ていますが、実際は本来中等教育で学ぶカリキュラムである英語や数学、物理なども教えているのです。
【英語の授業風景。普通の学校とほんど変わらない。(校長より提供)】
【写真⑤ 実際に編み物なども教えている(校長より提供)】
校長は40代の女性で、もとは大学の講師でしたが、タリバンの女性に関する施策に憤りを感じて辞職し、この「地下学校」を去年10月、たった一人で立ち上げました。それ以来、受講希望者が増え続け、カブール市内に三つ目の分校が開設されるまでになりました。
生徒総数は千人をはるかに超えます。こうした「地下学校」は、都市部で急速に広がっているといいます。
校長によれば、タリバンの役人が、予告なしに査察にくるので、つねに警戒をおこたらないようにしているとのこと。「役人が来たとの知らせに、とっさに授業をコーランの朗読に切り替えて、彼らの目をごまかしたこともありますよ」と笑いながら“武勇伝”を披露してくれました。
タリバンとの関係では、さらに興味深い事実を、校長は教えてくれました。実は、ここに通ってきている生徒のなかには、タリバンの娘たちもいるというのです。タリバンが一枚岩ではないことがわかります。
【修了式。生徒、教師合わせて100人以上が集まった。(筆者撮影)】
私が取材に行った日は、ちょうど、年に2回ある学期末の修了式で、100人を超える生徒が一堂に会していました。修了証授与に先立ち、生徒を代表して、一人の少女が英語でスピーチを行いました。テーマは「女性について」。
「コーランによれば、女性は男性と同じく社会の重要な役割を果たさなければなりません。また、知識を求めることはすべてのムスリムの義務です。タリバンに、女子の学校を閉じる理由は何もありません。私たちはタリバンに、女子の学校を開くよう、女子が科学を勉強することを禁じることをやめるよう要求します。社会の半分が文盲のままで、どうして社会が発展できるでしょうか。私たち若者は社会の未来であり、進歩的な国家の希望なのです。」
【スピーチをする少女(筆者撮影)】
あどけなさを残した表情で、堂々と自分の主張を仲間に訴えます。彼女は医師として社会に貢献するという自分の将来像を描いています。アフガニスタンの未来に自分の夢を重ねながら、信念をもって学ぶ少女たちの姿に感銘を受けました。
ところが、この取材のあと、彼女たちの運命を激変させる出来事が起きました。
12月20日、タリバン政権が大学での女子教育を停止したのです。修了式を取材した「地下学校」は、大学進学を目指す生徒も多く、去年10月に実施された大学入試では、25人の合格者を出しています。あのスピーチをした少女をはじめ、3月の大学入学を楽しみにしていた生徒たちの受けた衝撃を思い、暗澹とした気持ちにさせられました。これで、アフガニスタンでは、女子が公教育で学べるのは小学校までとなります。
【大学での女子教育停止を伝える記事。(朝日新聞22年12月22日朝刊)】
さらに12月24日、タリバン政権は、女性がNGO(非政府組織)で働くことを禁止する命令を出しました。理由として、女性が頭髪を覆うヒジャブを着けず、服装規定に違反したことを挙げています。
タリバン政権が、女性の教育や就労への制限を強化していることについて、欧米諸国や国連は相次いで非難声明を出しました。
【1月13日、日本を含む安保理の理事国11カ国が「我々はアフガニスタンにおける女性の危機的な状況に深刻な懸念を表明する」などとする共同声明を発表。日本の石兼公博国連大使が代表として声明を読み上げた。(朝日新聞より)】
タリバンが政権に復帰して1年半近く経つのに、国際社会とは“人権”をめぐって激しい対立・緊張が続いています。
私が取材した「地下学校」で聞いた、女性にも学ぶ権利を認めよという少女たちの要求は正当なものであり、タリバンに政策の是正を求めることは必要です。しかし、そのうえで私は、欧米はじめ国際社会が、女性の人権をめぐる事態をことさらに“政治問題化”し、アフガニスタンを孤立させないようにしてほしいと願っています。
いまアフガニスタンは緊急事態です。多くの国民が、極寒のなか、飢餓線上で命の危機にさらされているのです。この人道危機の解消こそがもっとも優先されなければなりません。
国際社会は人道支援を訴える一方で、アフガニスタンの経済を痛めつける制裁を科し続けています。食糧配布など目の前の命を救う緊急支援はもちろん重要ですが、あくまで応急措置です。可能なかぎり早く、アフガニスタンが自立した経済を立て直すことができるよう、経済制裁の解除を検討すべき時期に来ていると思います。
NGOで女性が働くことを禁止した12月の措置は、多くの支援団体に衝撃を与えました。
アフガニスタンでは、ジェンダーへの配慮は必須で、支援を望む女性をケアするのは必ず女性スタッフになります。この措置をめぐって、一部のNGOが活動を中止し、支援活動が停滞するのではと憂慮されましたが、新年になり、少しほっとするニュースが届きました。
1月16日、子どもたちを支援する国際NGO「セーブザチルドレン」とアフガニスタン経済省は、協議の結果、女性スタッフを復帰がさせることで合意しました。政権側が”軟化“したのです。
【セーブザチルドレンと経済省の歩み寄りを伝える現地民間メディアTOLOニュース (TOLOのサイトより)】
国際社会には、女性の権利の問題を理由に、タリバン政権に圧力をかけるばかりではなく、アフガニスタンに関与し支援しながら少しづつ妥協点をさぐっていく、粘り強い対応が望まれます。つねに、人の命を救うことを最優先にしてほしいと思います。
(次回につづく)
次回は、故・中村哲医師による農村再生プロジェクトの偉業を振り返りながら、タリバンがなぜアフガニスタンの人々に受け入れられたのかを考えます。