【高世仁のニュース・パンフォーカス 】アフガニスタン・リポート① 経済崩壊で危機に立つカブールの市民たち」

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もう年の瀬ですが、みなさんどのようにお過ごしでしょうか。

 私はついにコロナウイルスに感染し、自粛期間が明けて復帰したところです。実はこのウイルス、外国でもらってきたものでした。11月下旬の10日あまり、私はアフガニスタンで取材していたのです。


【アフガニスタンの首都カブール 標高1800mの高地にあり氷が張る日もあった(筆者撮影)】 

 

 アフガニスタンでは2021年8月、米軍の撤退が進むなか、イスラム主義組織のタリバンが権力を奪取しました。パニックになって国外脱出をはかり、離陸間際の米軍機に取りすがる人々の悲惨な映像はを覚えている方も多いでしょう。

あれから1年3カ月たったタリバン政権の下、人々はどんな暮しをしているのか、またあの国で人々の命を救う活動を続けてきた中村哲医師の事業が今どうなっているのかを見たい。それが取材の目的でした。

 ご存じでしょうか。去年タリバンにとって代わられた前政権を、日本は20年間にわたり7500億円超という莫大なお金をつぎ込んで支えてきたことを。日本国民一人当たり7000円近く。日本はアメリカに次ぐ大スポンサーでした。

 日本が全面的にバックアップした政権の下で内戦がつづき国民はその犠牲になりました。また、その政権が崩壊したことで、多くの人々の運命を狂わせています。去年の「政変」は、日本にとって他人事ではないと思うのです。

 11月の取材をもとに、これからアフガニスタンとどう向き合っていけばよいのかを3回にわたって考えます。

きょうは首都カブールの人びとの暮しについて、次回は女性の権利とタリバンについて、次々回は中村哲医師の偉業の今について取り上げます。なお、中村さんには今年の8月の本コラム「不条理な世界を生きる知恵を中村医師に学ぶ」で触れているので、参照してください。

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今アフガニスタンは未曽有の危機にある、と言ったら、みなさんは驚くでしょうか。

 国連機関の一つ、世界食糧計画(WFP)はアフガニスタンについて「数年前から続く干ばつと経済崩壊があいまって、この冬、人口の半分にあたる1990万人が深刻な食糧不足に陥ると予測されており、すでに390万人の子どもが重度の栄養不良状態にある」と勤給支援を訴えています。(22年11月21日報告書)

 ユニセフ(国連児童基金)はすでに8月に「300万人以上の子どもたちが急性栄養不良の状態にあり、予防可能な病気にかかりやすい状況にあります。そのうち100万人以上の子どもたちが、栄養不良の中でも最も致命的な重度の急性栄養不良の危険にさらされています」と警鐘を鳴らしていました。(8月15日アフガニスタン発)

 私は、首都カブールの「インディラ・ガンディー小児科病院」を訪ねました。病院には、付き添いの母親たちでしょう、しゃがみこんだ女性たちが廊下まであふれ、病床は満杯でした。


【小児科病院に入院中の重症の栄養失調児(筆者撮影)】


【ベッドに寄り添う母親たち(筆者撮影)】

 ここにはカブール近郊の重い栄養失調の子どもが治療を受けています。がりがりに痩せた子どもたちが点滴のチューブにつながれてぐったりしています。私の取材中、一人の赤ちゃんの容態が急変し、医師が心臓マッサージをする事態になりました。ベッドそばにうずくまりすすり泣く母親の後ろ姿は、今も目に焼き付いています。

 次の病棟は、未熟児が入院していました。治療すべき赤ちゃんが多すぎて、1人用ベッドに2人を収容してもまだ足りないとのことでした。限られた食糧を一家で分けるさい、女性が食べるのを控えて他の家族に食べ物を譲る傾向があり、母体の栄養不足が未熟児の増加を招いていると医師が説明してくれました。 

 医療機器の部品や使い捨ての器具が不足し、2本のチューブの接合部のパーツがなく替わりにガムテープを貼ってしのいでいるのを見ました。電灯などごく基本的なものも足りないとのことでした。首都の国立の小児科病院ですらこんな状態です。医療態勢が貧弱な地方での惨状が思いやられます。


【寄せ場にいた仕事にあぶれた労働者たち(筆者撮影)】


 人々の暮らしはどうなっているのか。カブール市内の「寄せ場」に行ってみました。

 寄せ場とは日雇い労働者が仕事を求めて集まる場所で、日ごと手配師が募集に来ます。その一つが、街の中心部シャリナウのロータリーです。歩道に男性が数十人立っていました。正午近くで陽は高く、仕事にあぶれた人々のようです。タイルのカッター、セメントをならす道具、スコップなどの道具を持参しているのをみると建設業の職人なのでしょう

 カメラをもった私たちが近づくと、口々に不満を訴えてきました。

 「今日も朝6時から立ってるんだが、あぶれてしまった。前の政権のときは毎日のように仕事にありつけたのに、今は月に数えるほどだ。どうやって家族を食わせていけるんだ」。

仕事がないから収入が途絶え、食べられなくなっている。わかりやすい構図です。

 タリバン政権に望むことは、と聞くと、数人がいっせいに「とにかく仕事をくれ」と言います。すぐ近くに自動小銃をもったタリバンの治安要員がいますが、みなお構いなし、大きな声でタリバン政権下での生活苦に怨嗟の声を上げていました。政府はデモは禁止していますが、市民の不満の高まりに、手出しができないようです。


【ガムを売る少女たち。学校には行っていないという(筆者撮影)】

【市内ソクタ橋の下にたむろする薬物依存者たち。アフガニスタンは世界のアヘンの半分以上を生産している。前政権時代から引きずる問題だが、薬物と貧困は密接に関係している。(筆者撮影)】


 アメリカはじめ国際社会が支えてきた前政権は、国家予算の8割を外国からの支援に頼っていました。タリバンが権力を取ると、その莫大な支援金がパッタリ止まったうえ、政府の海外資産も凍結されました。「政変」から1年半近く経つのに、タリバン政権を承認した国はまだ一つもなく、国際社会は経済制裁を続けています。外資を含めたくさんの民間企業が国外へ逃れ、制裁による金融や貿易へのダメージもあって経済の冷え込みはすさまじいものがあります。


【カブールのバザール(筆者撮影)】

 カブールの名物の一つは巨大なバザール(市場)。私がこれまでに見たバザールの中では最大の規模です。「無いものは無い」と言われ、生きた動物からパソコンの部品まで何でも売っています。

 ここに最近、新しい「商品」が並び始めました。「残飯」です。この国の主食は円盤状に焼いたナンですが、レストランなどで出た食べ残しのナンのかけらが大きなビニール袋に入れて売られています。7kgの大袋で日本円にして300円ほど。人々の生活難がバザールに反映していました。

 食べ残しのナンを見ていた男性が、「昔は捨てるか、せいぜい家畜のエサにしかならなかったのに」とつぶやいていました。貧しい人たちは、食べ残しのナンを細かく砕いてお湯に入れ、オートミールのようにして飢えをしのぐそうです。

【食べ残しのナンを売る商人(筆者撮影)】


 アフガニスタンの惨状を前に、国際機関が人道支援を始めています。

世界食糧計画(WFP)がカブール郊外で実施した緊急支援プロジェクトを取材しました。貧困層と認定された家庭に一世帯あたり、日本円にして7000円ほどの現金または同額分の食糧のいずれかを配布するというものです。

この日は冷え込んで、水たまりには氷が張っていましたが、人々は朝早くから長い列を作って並んでいました。ほぼ全員が失業者です。中にはタリバンによる「政変」で職を失った公務員もいました。タリバンは幹部級の官僚だけでなく相当数の一般公務員を交代させ、政府機関内だけでも膨大な失業を生みだしています。


【WFPの食糧支援会場 (筆者撮影)】


 支援食糧を受け取りにきたなかに、ラマザンさんという65歳の男性がいました。小麦粉、マメ、食用油、塩などの配布品を、三輪自動車を雇って自宅まで運ぶと言うので、ついていくことにしました。


【ラマザンさんが住む丘の斜面の集落(筆者撮影)】


 車は丘の細いでこぼこ道をのぼっていきます。高いところに建ち並ぶ家々は主に貧しい人々が住んでおり、上下水道もなく衛生状態は良くありません。

 ラマザンさん一家は夫婦、息子二人、娘一人に孫が一人の6人で暮らしています。ラマザンさん自身はナンを売る店の仕事を失い無職、息子二は日雇い労働者で仕事が激減しているそうです。乏しい収入ではとてもやっていけず、WFPの支援で食いつないでいると、奥さんが支援食糧で作ったお粥を見せてくれました。

 奥さんは私たちに、暮らしの心配事を訴えます。働きたいがタリバン政権になってから女性の就労が制限されて困っていること、持病の心臓病の薬が買えず体調を崩していること、冬の暖房用の燃料が手当てできていないこと、など悩みはつきないと言います。


【ラマザンさんと妻(筆者撮影)】


 ラマザンさんたちは、かつてカブール市内の中心部に暮していましたが、軍閥同士の戦闘で自宅が破壊されたため、市街地から離れた今の場所に移ってきたそうです。

 アフガニスタンでは内戦が半世紀近く続いています。首都に住むラマザンさん一家もその犠牲者だったのです。

 いま一番望むことは何ですかと私が聞くと、ラマザンさんの妻はこう答えました。

 「第一には、この国が平和になること、その次に仕事があって収入を得られること」私にはこの順番が印象的でした。これはおそらく、アフガニスタンの人々に共通する願いなのでしょう。ようやく内戦は終わり、今も大きな戦闘は起きていません。そのことをよしとしながらも、多くの国民が生存の危機に直面し、苦闘しています。

 この国と国民に私たちは何ができるのでしょうか。

(次回につづく)

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