【高世仁のニュース・パンフォーカス】「沖縄の基地を、あなたの町に引き取りませんか?」

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今年の5月15日、沖縄は本土復帰50年を迎えます。

 半世紀を経て、沖縄は「本土並み」になったのでしょうか。いいえ、それどころか、面積・人口とも日本全体の1%未満の沖縄に、米軍専用施設の70,6%もが集中しています。

 

 「米軍基地がこんなに沖縄にあるのは不公平だから、あなたの町で引き取ってくれませんか?」 

 もし、こんな質問をされたら・・・

 1月下旬から沖縄にしばらく滞在し、米軍基地を見て回りながら、その答えを考える機会をもちました。

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 1月27日、東京も沖縄も「まん延防止等重点措置」が実施中で、那覇空港は乗降客がいつもよりだいぶ少なく、那覇市のメインストリート、国際通りも閑散としていました。


【閑散とした国際通り。米軍基地がクラスターになったこともあって沖縄のコロナ感染状況は深刻だった】

 

 この日、那覇市の日中の気温は23度。寒波で冷え込んだ東京からきた私には、真夏のように感じられました。同じ日本でも違うものだなとあらためて思います。

 

 ホテルにチェックインして、夕方テレビをつけると、米軍基地の騒音訴訟のニュースを特集していました。

 米軍嘉手納基地の騒音で、睡眠妨害や身体的被害などを受けているとして、夜間・早朝の飛行差し止めや損害賠償を国に求める訴訟です。その「第4次嘉手納(かでな)爆音訴訟」が、翌28日に提訴されるというのです。


【OTV夕方ニュース1月27日より】

【琉球新報 1月29日付】

 

 さっそく嘉手納に行ってみました。

 ここは米軍の極東最大の空軍基地です。嘉手納町、北谷町、沖縄市にまたがる広大な面積を占め、滑走路のほか米軍用の住宅やゴルフコースなど全部含めて甲子園球場の500個分(2000ha)もあります。嘉手納町にとってみると、町の83%が基地に奪われ、残り17%の土地に約1万3千人あまりの町民(1月末現在)が住んでいます。

 

 基地に近づくと、爆音が体に突き刺さるように響いてきました。目の前を、ジェット戦闘機2機が飛び去っていきます。この2機は数分おきに、低空で滑走路に近づいては地上すれすれで急上昇していく飛行訓練を繰り返します。そのたびに、すさまじい爆音で内臓が震えるような不快感を覚えました。

 戦闘機だけでなく、輸送機からヘリコプターまで様々な航空機がひっきりなしに離着陸します。とくに離陸時にはエンジンをふかすので、近くの人との会話もできません。


【離陸するE-3空中早期警戒管制機(筆者撮影)】

 

 展望台からは、基地にぴったり隣接する集落が見えます。この屋良地区には小学校もあります。夜や早朝まで爆音に晒されては、心身に異常が出てもおかしくないでしょう。


【基地(左手)に面する屋良地区(右手)(筆者撮影)】

 

 わずか2時間ほど基地の近くにいただけで、住民の苦しみが理解できたとは言えませんが、すこしはその大変さを想像できました。

 「嘉手納爆音訴訟」はすでに3回の判決が出ていて、1次から3次までの騒音訴訟の判決は、夜間・早朝に騒音を出すことは違法だとして、被害の損害賠償は認めたものの、飛行差し止めについては、国は米軍の運用を制限できる立場にないと判断を避けてきました。 

 しかし、住民の本当の願いは、損害賠償よりも、夜間(午後7時から翌午前7時まで)の静かな暮らしを実現したいということです。

 今回の第4次訴訟の原告団は、過去最大の8市町村の3万5566人におよび、嘉手納町では町民の半数が原告になっています。原告数がここまで多くなったのは、「痛めつけられた基地周辺の皆さんが『にじてぃにじららん(耐えようにも耐えられない)』と立ち上がってきた結果だ」と原告団準備会の新川秀清会長は言います。(『琉球新報』より)

 もう我慢の限界を超えたということでしょう。

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 次に、辺野古への移転でゆれる普天間基地を見に行きました。

 

 滑走路の奥に、2012年から配備されたオスプレイが、すらりと並んでいます。すぐに着陸態勢にはいったオスプレイがやってきました。住宅地の真上を低空で飛んでいます。


【普天間基地。人口密集地に隣接している。滑走路には垂直離着陸機オスプレイが並ぶ。https://zenkokurenrakukai.themedia.jp/】

 

 市街地のど真ん中にある普天間基地は、03年、米国防長官、ラムズフェルド氏が空から視察したさいに「世界危険な飛行場」と言ったことで注目されました。実際にその翌年、大型ヘリコプターが、基地に隣接する沖縄国際大学に墜落、炎上する事故が起きています。

 米軍基地に隣接して「事故の可能性が高く、土地利用に制限がある地域」を「クリアゾーン」といい、米国では人は住んではならないことになっています。ところが、この基地のクリアゾーン内には、公共施設・保育所・病院が18箇所、住宅約800戸、約3,600人余の住民が居住しているのです。そこにある普天間第二小学校(児童約700人)では、毎年、飛行機が落ちたらどう逃げるかの訓練を行っているそうです。


【クリアゾーンhttps://www.city.ginowan.lg.jp/material/files/group/36/2011_06.pdf

 

 沖縄でおきる米軍機の墜落事故はほぼ年に1回のペースです。クリアゾーンの人々は日々、文字通り危険と隣り合わせに暮らしているのです。

 

 この過重な基地負担に対して、沖縄の人々は何度もNO!を突き付けてきました。

 1995年に起きた米兵による少女暴行事件をきっかけに、翌96年9月に県民投票が行われ、投票総数の約90%が、日米地位協定の見直しと基地の整理縮小に賛成を投じました。

 また、普天間飛行場の辺野古への移設についての県民投票が2019年2月に行われました。結果は投票率52,5%で、埋め立て反対が72.2%を占めました。

 沖縄の民意は、すぐにも米軍基地を減らしてほしいということです。ではどうすればよいのでしょうか。

 

 私は、沖縄の基地について学ぶ中で、「本土」の私たちが、重要な二つのことを誤解していることに気づきました。

 一つは、そもそも沖縄に米軍基地が集中したのは、もともと「本土」にあった米軍基地が沖縄に移設され、そのまま押しつけられてきた結果だということです。

 1950年代前半には、沖縄を除く33都道府県に300以上の米軍基地があり、沖縄と本土の基地面積の割合はおよそ「沖縄1:本土9」。沖縄はわずか1割を占めるだけでした。

 その後、各地で激しい米軍基地反対闘争が起きます。年配の方なら、砲弾の試写場をめぐる「内灘闘争」(石川県)や、立川基地の拡張をめぐる「砂川闘争」(東京都)などをご存じでしょう。これに危機感を持った日米政府は、57年、海兵隊を岐阜県、静岡県、神奈川県、大阪府などから沖縄に移駐させました。基地への反感が反米闘争に転化しないよう、本土から目の届かない沖縄に基地を押し付けたのです。

 60年代のベトナム戦争の本格化で、出撃基地となった沖縄の米軍基地は拡張され、「沖縄5:本土5」の割合になりました。70年代には本土の米軍基地の整理縮小が進む一方で、沖縄では基地返還が進まず、現在は「沖縄3:本土1」になっているのです。

 この基地負担の押しつけの経緯を見れば、「本土は沖縄を差別している」との声が出るのも当然でしょう。

 

 もう一つ、あまり知られていない事実は、沖縄への基地の押しつけが、アメリカではなく、主に日本政府の意向によってなされたことです。

 2012年2月、米国政府は在沖海兵隊約1500人の岩国基地移駐を打診してきました。そのさい、当時の野田政権は山口県や岩国市の反発を受けてこれを拒否しました。

 また、普天間飛行場に配備されたオスプレイの訓練の一部を佐賀空港に移転する計画が出てきたとき、安倍政権は、地元の反対を理由にこれを取りやめました。

 アメリカが沖縄の負担軽減のために「県外移設」をしようとしても、日本政府がそれを認めず、沖縄に負担を押し付けてきた構図が見えてきます。そして政府の意向は、米軍基地を嫌う本土の自治体および国民への政治的配慮によって決まっています。

 

 こうして見てくると、沖縄の基地問題とは、沖縄の問題ではなく、本土にいる主権者たる私たちの問題であることが分かります。

 そこで、「沖縄の米軍基地を本土に引き取ろう」と立ち上がった若者たちの運動があります。国民の圧倒的多数が日米安保を支持し、米軍基地を容認する現実がある以上、全国で平等に負担すべきだというのです。

 《基地引き取り運動は、沖縄の米軍基地を「本土」に引き取ることによって沖縄への差別を解消しようとする運動です。「本土」の国民に対し、沖縄に基地を押しつけるのはやめよう、基地問題は「自分事」として自分たちの責任で解決しよう、と主張しています。》((「辺野古を止める!全国基地引き取り救急連絡会」ホームーページより)

https://zenkokurenrakukai.themedia.jp/pages/4860049/page_202104212322

 

 基地引き取り運動は、2015年に福岡、大阪、新潟で同時発生的に立ち上がり、その後10都府県10団体が全国協議会を作っています。

 この運動が広がれば、沖縄の基地の状況を具体的に変えることができます。懸案の普天間飛行場の移設について、政府は「辺野古が唯一の方法」といっていますが、本土で「引き受ける」と声をあげれば「県外移設」は現実になりうるのです。

 総論賛成・各論反対(沖縄の負担を軽減することは賛成だが、自分のところに基地ができるのは反対)の壁は厚いでしょうが、たとえば米軍の訓練を1~2週間本土のどこかの県が引き受ければ、沖縄にとってかなりの負担軽減になります。こうした実現性のある施策から提案していくことで突破口を開いていけるかもしれません。


【「沖縄の人々が、過剰に集中した米軍基地をあなたの住む町にも引き取ってほしいと求めたら、あなたはどう答えますか?」のアンケート結果 朝日新聞2018年10月7日】

 

 基地引き取り運動は、本土の私たちに、沖縄の基地問題を「自分事」として考えるよう迫ってきます。

 

 あなたは、沖縄の基地を自分の町に引き取りますか?

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(以下の資料を参考にしました。

 樫田秀樹「米軍基地を引き取ろう」(『望星』2018年5月・6月号)

 高橋哲哉「なぜ『県外移設』=基地引き取りを主張するのか」(『日本と沖縄 常識をこえて公正な社会を創るために』)

 梅澤和夫『これならわかる沖縄の歴史Q&A』)

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