【高世仁のニュース・パンフォーカス】 「ミャンマーの人道危機にどう向き合うか」

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 東京オリンピックが17日間の競技を終えて、8月8日に閉幕しました。ほとんどの試合が無観客になるなど異例づくしでしたが、「人権」という問題が注目されたことも今大会の大きな特徴でした。

 ベラルーシ陸上代表のクリスチナ・チマノウスカヤ選手が、羽田空港で帰国を拒否し、ポーランドに亡命した事件は、世界の多くの地域で人権侵害が起きている現実を見せつけました。

 女子サッカーの試合では、各国の選手たちが片ひざをついて人種差別への抗議を示しました。国を超えて人権のために手をつなごうという行動に日本の選手が呼応する姿には感慨深いものがありました。


【試合前、ピッチ上で片ひざをつき、人種差別に抗議する英国と日本の女子サッカー選手。こうした行動は、日本のスポーツ界にとっては画期的なことだった】


 一方で、日本の大きな立ち遅れもあらわになりました。

 女性や障がい者を蔑視、差別したり、ナチスによるにホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を揶揄したりした言動を理由に、何人もの大会関係者の幹部が解任されました。これらが海外からの指摘によって問題化したことは、人権を軽視する日本社会の現状を示しています。これをきっかけに、人権の問題を自分事として考える機運がでてきたことは一つの収穫だったと思います。

 いま、同じアジアの国、ミャンマーで人権にかかわる異常事態が起きています。日本はここでもその姿勢を問われています。

 オリンピックに先立つ5月末、千葉県で行われたサッカーワールドカップ予選で、一人のミャンマー代表選手が祖国の人道危機を訴えました。ゴールキーパーのピエリアンアウン選手が、日本対ミャンマー戦で、軍事独裁への抵抗を表す3本指を掲げたのです。


【クーデターに抗議する3本指を掲げるピエリアンアウン選手。指にWE NEEDJUSTICE(我らは正義を求める)と書かれている。在日ミャンマー人のツイッターよりhttps://twitter.com/nytk_nytkjpn)】


 ミャンマーでは2月1日に国軍が軍事クーデターで全権を掌握。選挙で選ばれた政府を覆し、国家顧問の地位にあったアウンサンスーチー氏を拘束しました。

 国民は憤激し、全土で激しい抗議運動が巻き起こりました。立ち上がった広範な市民に対して国軍は容赦なく実弾を発射し、多くの血が流れました。その残忍な弾圧は、SNSや独立系現地メディアを通じて世界に流れ、衝撃を与えました。

 私自身、1980年代前半からミャンマーを取材してきたご縁があり、期待をかけていた10年ほど前からの民主化プロセスが崩壊してしまったことに大きな落胆と怒りを覚えました。


【アウンサンスーチー氏。昨年11月の総選挙で氏の率いる国民民主連盟NLDが議席の8割超を獲得し圧勝した。氏はクーデター以来ずっと拘束されている(朝日新聞より)】


 ピエリアンアウン選手は、帰国すれば厳しい処罰が待っているとして日本で難民認定を申請しました。国際大会で来日した選手が難民申請したのははじめてです。彼は命がけで3本指を掲げた意図を「ミャンマーの現状を知ってほしかった」と語っています。

 クーデターから半年、現地ミャンマーはいま、どうなっているのでしょうか。

 

 8月1日、クーデターを起こした張本人のミンアウンフライン総司令官は、自らが首相となって「暫定政府」を発足させました。国軍は2023年8月までに再選挙を実施すると表明、暴力支配の既成事実化をはかろうとしています。


【朝日新聞8月2日朝刊。「国軍トップ 首相就任」の左には、在日ミャンマー人の抗議行動の記事。「クーデターからちょうど半年。参加者は『民主主義を取り戻すまで戦い続ける』などと声をあげた」】


 一方、クーデターで政権を奪われた与党の国民民主連盟(NLD)と親NLD系など反国軍勢力は4月16日、「国民統一政府(NUG)」の樹立を宣言しています。オンライン上での活動を余儀なくされていますが、クーデターを認めず政権の正統性をかかげて闘っています。


【クーデターを認めない議員らで構成する「連邦議会代表委員会」(CRPH)が代表委員会が4月に国民統一政府を樹立した。これは7月1日に開催された第2回会議のオンライン画像の一部https://crphmyanmar.org/】


 つまり、ミャンマーには、合法性も正統性もまったくないけれども国土の多くを軍事支配する「暫定政府」(国軍)と、オンラインでの存在とはいえ国民からの圧倒的支持と正統性のある「国民統一政府」があります。そして国軍は「国民統一政府」を「テロ組織」に指定し、いっさいの対話を拒否しています。

 

 こうした事態に、残念ながら、国際社会は有効な手を打てないでいます。

 ミャンマーに対しては、欧米など先進国はすぐに制裁を発動しました。しかし、ロシアは武器市場として軍事利権が、中国は経済利権があり、クーデターを事実上追認しています。ロシアと中国はともに常任理事国ですから、国連は動けません。

 ミャンマーも加盟する「東南アジア諸国連合」(ASEAN)はというと、加盟10カ国の全会一致での意思決定が原則なので、明確な姿勢を打ち出しかねています。



【朝日新聞8月1日朝刊「欧米諸国が制裁に踏み切る一方、ロシアや中国は反対するなど、国際社会の対応は割れたままだ」】



 日本は強い非難声明を出す一方で、「国軍との太いパイプ」を強調して独自の立場をアピールしてきましたが、具体的には役割を果たせていません。

 仲裁外交が全く機能しないなか、日本がとるべき道は、欧米などの先進国にならって、正統性のないクーデター政権と関係者、関係団体に制裁を科し、同調して圧力をかけるよう国際社会に呼びかけることでしょう。

 制裁はミャンマーの一般の民衆を苦しめるのではないかと懸念するむきがあります。

 しかし、ミャンマーの人々は、自分たちの暮らしが苦しくなろうとも、国際社会からの圧力を期待しているのです。

 ミャンマーでは、クーデター直後から「市民不服従運動CDM=Civil DisobedienceMovement」が広がっています。これは、職場放棄など、非暴力のさまざまな手段で法律や命令に違反する行為です。

 教師は学校での授業を、医師や看護師は病院での治療を、公務員は役所での公務をボイコットして社会の機能をマヒさせるのです。


【朝日新聞6月1日朝刊。ある大学の学生は「不服従運動で教育がストップし、我々が失ったものも多いが、(国軍の弾圧による)犠牲者のためにも私は大学に戻らない」と語る】


 新型コロナウイルスの蔓延や行政システムの混乱などにより、ミャンマーの社会は最悪の混迷状態にあります。国際労働機関(ILO)は、ミャンマーで21年第二四半期(4~6月)に推定120万人が失業したと推測、今年中に国民の半数が貧困層におちいると予測しています。

 こうした中での不服従運動は、人々の暮らしに大きな苦痛をもたらしますが、ほとんどの市民は、国軍の暴力支配をくつがえすまで、その苦痛を引き受ける覚悟をしています。

 

 ミャンマーの人権団体「政治犯支援協会」(AAPP)によれば、8月10日現在、クーデター以降殺された人は、分かっているだけで965人にのぼります。ほとんどが若者で、9割が銃殺です。日本での報道は減りましたが、今も連日、市民に対する逮捕や殺戮が続いています。この異常事態が一日長引けばそれだけ犠牲が増えていきます。猶予は許されません。


【「政治犯支援協会」(AAPP)の速報によれば、クーデター後、5534人が逮捕、起訴され、1986人が指名手配され、965人が殺されたという。https://aappb.org/】


 日本は、ミャンマーへの最大の援助国です。ミャンマー国民は日本の姿勢を期待をもって見守っています。

 ODA(政府開発援助)の縮小、停止は日本がもつ最大の準制裁カードです。これを完全に実施したうえで、より踏み込んだミャンマー制裁の法整備に向うことが求められます。

 同時に「国民統一政府」の正統性を認めることも重要です。日本政府は今もクーデター政権との関係を続けていますが、「国民統一政府」との接触、交渉をすぐに開始すべきです。


【朝日新聞8月11日朝刊。国軍はチョーモートゥン国連大使を「解任」したうえ逮捕状を出し、新たに任命した大使に交代させようと必死だ。そんな中、チョーモートゥン氏の暗殺計画が発覚し、ミャンマー人2人が逮捕された。たとする。どちらを信任するか今後問題になる。】


 今後、国連ではミャンマーの代表権確定が議題になります。日本政府は政権の正統性について明確に態度表明を行い、国際世論を引っ張る一翼を担うことを期待します。

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(本稿の一部は、根本敬上智大学教授の「危機のなかのミャンマー」(『世界』8月号)」を参考にしました)

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