【高世仁のニュース・パンフォーカス】「あなたは日本のために戦えますか?」その2

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愛国という名の紐で首を絞め(7月13日「朝日川柳」、岸田万彩作)

 

 急速に民主化運動への締め付けが進む香港を詠んだ一句です。

 5月、香港の選挙制度が変更され、事前審査で「非愛国的」と認定された人は立候補できなくなりました。さらに、公務員、教師などの公職につく人々も「愛国者」たることが要求されるようになり、香港の自由はますます追いつめられています。

 ここでいう「愛国」とは、中国共産党と現在の支配体制に忠誠を尽くすということです。   

 中国共産党は今年、創立100周年を迎えますが、これを機に、中国は愛国主義教育を全土で推進し、さらに強大な国家の建設を目指しています。

 


【7月1日、北京の天安門広場に7万人を集めて開かれた中国共産党創立100周年記念式典(朝日新聞)】

 


 中国ではとくに若者の間で愛国心の高まりが見られるといいます。例えば、これまで海外に留学した人は卒業後は留学先に留まるケースが多かったのに対して、現在はほとんどが中国に帰国します。2006年の留学生の帰国率はわずか31%でしたが、19年には82%にまで増えました。

 


【米国に留学して中国に帰国した若者。中国が強くなるよう貢献したいという。(NHK「クロ現」より)】

 


 「祖国の発展に貢献したい」と屈託なく語る中国の若者の言葉に、危ういものと同時に新鮮さを感じました。日本で「国のために貢献したい」という言葉を聞くことがほとんどないからでしょう。

 

「あなたの国があなたのために何ができるかを問うのではなく、あなたがあなたの国のために何ができるのかを問うてほしい」


 これは1961年に米国のジョン・F・ケネディ大統領が就任演説で語った有名なフレーズです。ここでケネディは、厳しい米ソ冷戦を背景に、米国が自由世界の旗手として闘う責務を訴えつつ国家への国民の貢献を呼びかけたのです。

 


【ジョン・F・ケネディ第35代米国大統領(Wikipediaより)】4

 


 当時の特殊な時代状況があったとはいえ、国家と国民の基本的な関係をあらためて自覚させられました。今はグローバルの時代と言われながら、実際はむしろ国家の存在感が大きくなる様相を見せています。「私」と国家との関係は、古くて新しい問題です。

 

 前回このコラムで紹介した、「万が一のとき、自分の国のために戦うか」という問いに関する国際調査(「世界価値観調査」=WVS)の結果をどう見たらよいでしょうか。

 77の国・地域で、「はい」つまり戦うと答えた人が、日本は13.2%と、ダントツに最下位でした。世界全体では「はい」が64.4%で、平和国家のイメージがある北欧でも、ノルウェーが87.6%、スウェーデンが80.5%と、ほとんどの国民が「戦う」と答えています。

 さらに、他国に見られない日本の特徴は、「わからない」が38.1%と突出して多いことです。私たち日本人の多くは、国家の「万が一のとき」など、考えたこともないようです。

 


【「自国のために戦うか」に対して「はい」と答えた人の割合が低い国々。横棒の青が「はい」、茶が「いいえ」、緑が「わからない」(WVSのデータから友人の三谷真介さんが作成)】

 


 さらに「世界価値観調査」の他の質問を見ていくと、日本人は国家と自分との関係において、きわめて特殊な価値観を持っていることが分かります。

 

 近い将来、私たちの生活に起きる可能性のあるさまざまな変化のうち、「権威や権力がより尊重される(Greater respect for authority)」ことをどう思うかという質問があります。

 「良いこと」「気にしない」「悪いこと」「わからない」の選択肢から選びますが、ここで日本は「良い」が1.8%しかなく、「悪い」が80.6%と、調査対象国・地域79のなかでとびぬけた拒否反応を見せています。

 


【調査対象79カ国から30カ国を抽出したグラフ。横棒の黒(左)が「良い」、順に右に「気にしない」、「悪い」、「分からない」。日本は一番下(WVSのデータから友人の三谷真介さんが作成)】

 


 社会におけるauthority(権威・権力)といえば、まずは国家の権威・権力のことです。

 新型コロナの感染拡大のなか、ロックダウンや違反者への制裁などの強力な措置をとらず、自粛の要請のみを繰り返す日本政府が権威主義的とはとても言えませんが、それでも日本人のほとんどは、国家の権威・権力がより強くなることを認めたくないのです。

 

 「良い」という回答の多いランキング上位は、1位のナイジェリア(90.6%)はじめいわゆる途上国が多く、国内の混乱や治安の悪さなどを背景に、しっかりした権威・権力を求める傾向があると思われます。

 ただ、先進国においても、「良い」はフランス(75.2%)、英国(67.9%)、米国(58.5%)など多くの国で過半数を占め、中国(61.6%)、ロシア(51.3%)など専制的な政治が行われている国々と大きな差は見られません。日本に次いで「良い」が少ない韓国(18.1%)でも、「気にしない」を入れれば59.1%になりますが、日本は「気にしない」を含めてもわずか18.5%。日本の異常さが際立っています。

 

 私自身、日本に生まれ育ったので、この「空気」は肌身でわかります。日本にいると気がつきませんが、世界との比較によってはじめて、私の価値観が「あたりまえ」ではないことを知ることができました。

 調査に表れた国家に対する拒否的な無関心は、日本人の「国民性」なのでしょうか。

 いいえ、そうではありません。これがもし戦前であれば、日本人の圧倒的多数が、いざとなれば日本のために戦うと答えたでしょうし、国の権威・権力がより強くなることを「良い」と答えたはずです。

 日本人の意識の大転換には、敗戦とその後の連合軍による占領統治が大きな役割を果たしたと想像できます。

 調査結果をみるうち、私たち日本国民の国家意識が国際比較で異常なのは、戦後の日本が普通の国家ではないことに関係しているのではないか、そんなふうに思えてきました。

 

日本は日米安保条約のもと、世界的にもきわめて従属的な「日米地位協定」を結んでいます。日本が基地経費の7割も負担しているのに、飛行機の墜落事故が起きたり、米兵が殺人、強姦といった重大犯罪を犯した場合でも捜査権がありません。

 


【東京五輪を前に羽田国際線増便を決めたさい、民間機が入れない広大な米軍の「横田空域」が問題になった。日本は首都圏の空が外国軍に管轄されている。(朝日新聞より)】 

 


 いま沖縄は東京都ともに「緊急事態宣言」が発出されていますが、沖縄のコロナ蔓延の背景には米軍基地の存在があります。去年、米軍基地が大きなクラスターになっていることが判明したさい、何ら有効な対策をとれなかったことはまだ記憶に新しいところです。

 当時、米国は世界一の感染国で、米国人は日本への入国が禁止されていましたが、米軍関係者は旅券もいらずフリーパス。PCR検査も受けずにさまざまな国から日本に入国していたのです。沖縄県が情報を求めても、感染者の性別、年齢、行動履歴などはいっさい明らかにされず、調査のために基地に立ち入りすることも許されません。さらには、基地外の公園で、日本人も含む数百人規模の無許可の大パーティまで行なっていました。

 

 日本の重要な戦略的判断がすべて米国追随であることは誰の目にも明らかです。これで日本は独立国といえるのでしょうか。問題は、占領下とみまがうようなこうした現状を、私たち日本国民が「米国に日本を守ってもらえるなら」と当然のように受け入れていることです。これでは普通の国家意識は育っていかないでしょう。

 

 外国籍の友人が、私にこんな例え話をしました。

 恋人がもし、暴漢に襲われそうになったら、彼女を守ろうと死に物狂いで戦うはずだ。国が危ないとなったときに戦わないのは、国が自分とは関係ないものと思っているからではないか、と。

 現実を冷静に見れば、国家が崩壊すれば、私たちの生活も自由もなくなるという意味で、国家とは私たちと運命を共にしているはずです。「国家などいらない!」と叫んでみても、一気に「世界市民」になれるわけではありません。

 

 国家の危機は戦争だけではありません。「東日本大震災」のような自然災害もあれば、今回の新型コロナウイルスのような感染症もまた深刻な国家的危機を招きます。

 想定外の危機が次々に襲ってくる現代という時代を、今の日本人の国家意識のままで乗り切っていくことができるのでしょうか。

 この問いは、一日本人としての私にも突きつけられています。

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