【高世仁のニュース・パンフォーカス】 足元にいる「難民」にも目を向けよう

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新年おめでとうございます。

 新型コロナウイルスが猛威をふるうなか年が明けました。今年も様々なテーマをみなさんと考えていきたいと思います。よろしくお願いします。

 「日付はもう少しで新しい年に変わるところですが、数日前から大変な事態が私と家族の身に起きております。」

 大晦日、友人の写真家、小松由佳さんからの知らせに驚きました。由佳さんはシリア難民の夫と東京で暮らしています。

 12月27日、小松さんの夫の甥のムハンマドさんがトルコから羽田空港に着きましたが、入国審査で「入国拒否・強制送還」とされ、空港に留め置かれているというのです。コロナの影響で全ての外国人の入国停止措置がとられる28日の前日のことでした。

 シリア政府軍に徴兵されたムハンマドさんは、同胞に銃を向けることはできないと軍から脱走。トルコに逃げて7年間、難民として暮らしていました。ただでさえ苦しい難民の生活がコロナ禍で追い打ちをかけられ、親戚のいる日本で暮らすことを考えるようになりました。首都圏で中古車輸出の会社を経営する親戚のシリア人が身元引受人となり、3ヵ月滞在できるビザを取得して来日しました。ところが理由を告げられないまま入国を拒否されたといいます。

 由佳さんがツテをたどって弁護士や知り合いの政治家に入管に問い合わせてもらったのが功を奏したのか、ようやく1月7日に日本への上陸が認められました。人道的配慮などで入国を一時的に認められる「一時庇護上陸許可」が出たのです。

 空港に留め置かれた期間は11日間にもおよびました。ムハンマドさんは日本語も英語も話せません。入管職員とはまったくコミュニケーションがないまま、食事はずっとポテトフライとコーラとパンだけ。もっと問題なのは、勾留期間中、内容が分からぬまま多くの書類に署名させられたことです。アラビア語通訳も来たそうですが、明確な説明がないまま、日本の滞在ビザを放棄する旨の書類にまで署名させられていたことが判明しました。

 シリア内戦の修羅場を潜りぬけてきたムハンマドさんが憔悴しきって「人生で最も孤独な日々だった」ともらしたそうです。


【解放されたムハンマドさん 羽田空港にて(小松由佳さん提供)】


 とりあえず拘束状態は解かれたとしても、問題はこれからです。「一時庇護上陸許可」は例外的な措置で、今後正式な滞在ビザに切り替えられるかは不透明です。「強制送還」の処分が下される可能性も残っています。

 ムハンマドさんがシリアに戻れば、軍を脱走した罪で逮捕され殺害されるかもしれません。またトルコを出国する際、今後2年間はトルコに再入国できないと告げられています。「強制送還」の処分が下ったとして、シリアにもトルコにも戻れません。シリア国籍者がビザなしで入れる国は少なく、英語も話せずお金もないムハンマドさんが行けそうな国は見当たりません。

 その場合、ムハンマドさんは「不法滞在者」となり、送還までの間、入管の収容施設に入れられる可能性があります。

 実は、こうした事例は珍しくありません。そして、その収容施設の運営をはじめとする日本の入管行政のの実態は、国際的な常識から遠くかけはなれた劣悪なものなのです。

 重大な問題にもかかわらず、あまり知られていないので、2回にわたって書いてみたいと思います。

 去年の9月、国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会は、日本政府に入管法のすみやかな見直しを要請する意見書を送りました。意見書は、不法滞在者などを長期に拘束する日本の入国管理収容制度を、「国際人権法と国際人権規約に違反している」と厳しく批判しています。


【朝日新聞20年10月6日付朝刊】


 意見書が出るきっかけになったのは、一年前の19年10月に、日本で難民認定を申請している2人が国連に通報したことでした。その一人がトルコ国籍で少数民族クルド人のデニズさん(当時40歳)です。デニズさんは国連に通報する直前、自殺を図っていました。

 19年9月22日、茨城県牛久にある「東日本出入国管理センター」(牛久入管)に収容中のデニズさんは、コーラのアルミ缶を引き裂き、その切り口で手首を切りました。続いて首を切ろうとして同じ被収容者に止められ、事なきを得ました。


【牛久の「東日本出入国管理センター」(筆者撮影)】


 なぜデニズさんは、ここまで追い詰められたのでしょうか。以下、デニズさんを取材してきたジャーナリスト、樫田秀樹さんが次のようにリポートしています。

 デニズさんは同年6月22日から7月10日までの約3週間と8月16日から9月20日真での約1ヵ月、水だけ摂取するハンガーストライキを行っていました。

 牛久入管では5月から被収容者のハンストが始まり、最大時100人が参加するまでになっていました。ハンストの要求は、収容を一時的に解く「仮放免」です。牛久では9割以上が1年超も収容されており、中には5年を超える人もいます。被収容者は我慢の限界を超えていたのです。

 デニズさんははじめのハンストのあと、8月2日に仮放免され、じつに3年2ヵ月ぶりに日本人の妻と再会できました。ところが、その仮放免の期間はわずか2週間。8月16日、理由も告げられずに再収容されてしまいました。

 再収容されたデニズさんはその日からまたハンストに入りました。そして9月20日、牛久入管は再びデニズさんに仮放免を認めますが、その期間がまた2週間だけだと告げられました。自分はもう一生ここから出られないのかと絶望したデニズさんは遺書を書き、22日に手首を切ったのです。


【仮放免され妻と再会したデニズさん(樫田秀樹さん提供)この2週間後デニズさんは再び収容された】

【デニズさんは手首を切って自殺を図った (樫田秀樹さん提供)】


 デニズさんが生れ育ったトルコでは、クルド人が厳しい差別を受けています。反政府デモに参加して拘束され、警察に暴行を受けたデニズさんは2007年、弾圧を逃れ、「平和な国」というイメージを持っていた日本にやってきました。

 デニズさんは何度も難民認定の申請をしていますが、いずれも不許可。そのうち観光ビザのままで働いたことが「不法就労」とされ、牛久入管に10ヵ月収容されることになります。その後は仮放免と収容を繰り返し、16年6月から3回目の収容をされていたのです。

 在留資格のない外国人を収容する施設は9ヵ所あり、2019年6月末時点で1253名が収容されています。牛久入管に収容されているのはうち316名。その3分の2が難民認定申請中か、それが不許可となった人たちで、残り3分の1が、観光ビザや就労ビザなどの在留資格はあったが、オーバーステイなど何らかの法律違反で収容されている人たちです。

 日本政府は、難民の認定にはきわめて厳しい姿勢をとっています。欧米では、トルコで迫害を受けているクルド人は優先的に難民認定されるのですが、日本ではまだ一人も認定されていません。

 難民認定の申請が不許可となれば、入管は本国への送還を命じる「退去強制令書」を出しますが、そもそもその国にいられない事情がある人たちですから、多くは帰国を拒否します。そこで入管は「帰還の準備が整うまで」との前提で、そうした外国人を収容しているわけです。

 その収容環境は常識では考えられない非人道的なものです。

 1日6時間の自由時間と40分の運動時間以外は、6畳の部屋に4~5人での居住が強いられます。国籍や宗教の異なる者たちが1日17時間半、何もやることがないまま、一室に閉じ込められるのです。就寝時には体がくっつくほどの狭さです。窓には黒いシールが貼られ、外の景色は一切見えません。

 家族との面会もアクリル板越しにわずか30分だけ。病気になって受診のための申請書を書いても、受診できるのは10日以上もたってから。そしてもっともつらいのが、基準も理由もいっさい示されないまま、仮放免申請が不許可になって収容がエンドレスに続くことだといいます。

 私は牛久入管に収容されている外国人10人以上に面会して話を聞いたことがあります。1年、2年の収容期間はざらで、3年を超す人が何人もいて驚きました。多くは日本に来て10年以上たち、妻子もいて日本に生活基盤を持っています。

 彼らは異口同音に、「ここは刑務所よりひどい」と訴えてきました。刑務所なら刑期が決っているが、ここではいつ出られるか分からないというのです。これでは精神バランスを崩すのも当然です。私が面会した多くの人が不眠に悩まされ、睡眠薬を飲んでいました。

 牛久入管では、18年4月にインド人男性が首つり自殺をし、19年6月には長崎県大村の入管センターで3年7か月も収容されていた通称サニーさん(40代のナイジェリア人男性)が、仮放免を求めたハンストの末に餓死しています。07年からのデータでは、全国の入管収容施設で亡くなった外国人は15人。うち自殺者は5人に上ります。

 「私は難民申請をしているだけ。悪いことしてない。日本人の奥さんもいる。だのになぜこんなに長く収容されるの?」とデニズさんは訴えています。

 そう、彼らは犯罪者ではありません。それなのに、終わりの見えないまま、刑務所以下の環境に置かれ続けているのです。日本人として認めたくない、恥ずかしいわが国の現実です。

 難民問題というと、中東やアフリカあたりの自分とは関係ない話かと思いがちですが、あなたのすぐ近くにいるかもしれない「難民認定申請者」やその家族の運命にも思いを寄せていただきたいと思います。

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 デニズさんをめぐる事情については『世界』19年12月号の樫田秀樹さんのルポ「人権非常事態」を参照させていただきました。

 「牛久入管収容所問題を考える会」によると、コロナ禍での「3密の解消」で、牛久入管では4月以降多くの仮放免が許可され、去年10月7日現在は以前の3分の1の100名以下の収容になったとのことです。

 「ただし、収容の実態、長期収容の実情はひとつも改善されていません。6年以上の長期収容者もいます。8名内外が仮放免の許可を求めてハンガーストライキをしています。」

http://www011.upp.so-net.ne.jp/ushikunokai/

 次回は、長期被収容者が待ちのぞむ「仮放免」が人間らしい暮らしを意味するわけではないこと、そして日本の入管行政がここまで人権も人道も無視した施策をとる背景についてフォーカスします。

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