【高世仁のニュース・パンフォーカス】パンデミックから見える風景

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はじめまして。 

 私はテレビの報道番組をつくる小さな制作会社を経営しながら、自らも現場で取材してきました。この2月に会社をたたみ、これからはフリーランスのジャーナリストとして活動していこうと思っています。

 ジャーナリズムの役割の一つは、世の中で起きる出来事にはさまざまな立場のちがった見方があることを伝えて、みなさんに考える材料を提供することだと思います。

 そんな思いでコラムを書いていきますので、よろしくお付き合いください。




 新型コロナウイルスの感染で、世界中が大変なことになっています。

 日本では、東京オリンピックが延期されるというニュースが、大きな注目を浴びました。これはこれで大きな事件には違いないのですが、日本以外の国の人たちにとっては、それどころではないようです。

 私の友人がイタリアのミラノに住んでいます。ミラノがあるイタリア北部は、爆発的な感染拡大で、もう3週間以上も外出禁止令がでています。

 話を聞くと、映画館、美術館、レストランなどの閉鎖が続いているのはもちろん、食料品と薬を買う用事以外は外出できない。散歩もジョギングもダメ。違反者は処罰されるそうで、まるで戦時中のようです。この措置は4月中旬まで延長されることになり、一人暮らしの友人は、今後どうなるか、不安でたまらないと言っていました。

 イタリアなど欧州での出来事はニュースで知っているつもりでしたが、友人から直接に体験を聞くと、事態の深刻さがリアルに伝わってきます。

 米国では、先週1週間だけで、失業保険の申請を行った人が300万人を超え、前の週の申請件数の10倍以上に急増しました。雇用が壊滅的なダメージを受けています。

 これから日本でも多くの店舗、企業が経営難に見舞われるはずです。私も小さな会社を経営していたので、よく分かりますが、多くの零細企業はいつも苦しい資金繰りで綱渡りをしています。今の状況が2カ月も続けばひとたまりもありません。

 先に紹介したミラノの友人は、幸い正社員なので、有給休暇扱いされるそうです。でも会社がつぶれれば無収入になります。会社がもったとしても、フリーランスや非正規労働者は真っ先に雇い止めになるでしょう。




 ウイルス感染よりももっと心配なことがあるのです

 《駅近くで座り込んでいた建設業の男性(75)は、「肉体労働者にテレワークなんて関係ない。日雇いなら休めば収入はゼロ。生きていけない」とため息をつく。「誰か補償してくれるんかい?感染よりも、その日の生活が心配だよ」》(26日夕刊の記事より)

 「感染よりも生活」。この男性の言葉に、チェルノブイリ原発事故の取材がよみがえってきました。

 私はチェルノブイリを2回取材しています。立ち入り禁止地区に、事故後もとどまって暮らす農民たちがいました。事故前と変わらずに、畑で野菜をつくり家畜を飼って、半自給のおだやかな暮らしを続けています。

 なぜ避難しないのか尋ねると、「わしらには住み慣れた土地がいいんだ。逃げた隣人たちは、避難先でみな早死にしてしまったよ」との答え。故郷を遠く離れ、家族がばらばらに見知らぬ町のアパートに移住させられた結果、多くの人が心身を病んで亡くなっていたのです。放射能そのものによる健康被害より、日常の暮しが破壊されたことの方がはるかに大きなダメージを人々に与えていたことを知り、それ以降、災害を見る眼が変わりました。

 90年前の世界恐慌レベルの破局が取りざたされる中、いま各国が、感染拡大で影響を受ける人々への収入補償などを盛り込んだ大規模な経済対策を矢継ぎばやに打ち出しています。日本もそれらを参考にしながら、「感染よりも生活」が不安な人々のために、思いきった対策を急いで実施してほしいものです。

 今後、膨大な数の人々に対する収入補償が必須になるはずですが、この機会に、ベーシックインカムの導入を検討してはどうでしょうか。ベーシックインカムとは、すべての人に健康で文化的な最低限の生活を営むための所得を無条件で給付する制度です。

 英国のジョンソン首相は18日、コロナウイルスの感染拡大を受けて、ベーシックインカムの導入を検討すると議会で語っています。

 18世紀末に社会思想家トマス・ペインが提唱したとされるこの制度は、夢物語ではなく、すでに欧米先進国の自治体で試験的にはじまっています。そもそも失業したり、非正規労働者になったりするのは、その人が怠け者だからではありません。貧困に陥る人に罪があるわけではないのです。

 誰もが生活の糧を失う可能性がある今こそ、社会の連帯感を強めるベーシックインカム導入のチャンスだと思います。



 

 今回の新型ウイルス感染でもっとも驚いたのは、外国との出入国制限だけでなく国境の閉鎖に踏み切る国が相次いでいることです。

 格安航空券で週末にソウルや香港へ買い物に行く時代に、私たちは「鎖国」を目の当たりにしているのです。

 そこであらためて考えさせられたのは、「国家」という存在についてです。

 「鎖国」が現実のものとなったからには、いざというときの国家の安全保障は大丈夫なのかが心配になります。

 海外からモノが入って来なくなったら、真っ先に困るのは食べ物でしょう。日本の食料自給率は、だいぶ前から4割を切っています。このままでよいわけはありません。

 肝心な保健医療の面でも、お寒い状況があります。

 厚労省は「感染が疑われる場合、まずは最寄りの保健所へ」と保健所をウイルス検査の窓口にしていますが、厚労省の予算削減で、全国の保健所の数は1992年の852から2019年の472へと半分近くに激減しています。感染がこれ以上進めば、保健所の機能はパンクするでしょう。


 

 また、日本病院会によると、全国の病院の半分以上が赤字で経営難に陥っています。イタリアでは政府の医療費削減のため、医師が国外に職を求めるなどして医療体制が貧弱になったことが、医療崩壊を招いた一因だと言われています。緊急の災害に備える上でも、日本の医療体制の立て直しは急務です。

 国家の安全保障というとすぐに国防をイメージしがちですが、それは本来、日本に住む一人ひとりの命と暮らしを守るためのものです。この機会に、農業や医療をふくめた国づくりを根本的に考え直すべきではないでしょうか。



 一方、二人の知りあいが、日本にいてはなかなか気が付かない視点を提供してくれました。

 3月22日のTBS「スーパーモーニング」で、紛争地の取材を続けているジャーナリストの安田菜津紀さんが、「感染という問題では、移動しないことで救える命がある一方、戦争では移動しないと守れない命がある」とコメントしていました。

 戦乱などで、命からがら欧州に避難先をもとめる難民たちが、国境閉鎖のために苦境に陥っているというのです。「移動しなければ守れない命がある」との指摘に、はっとさせられました。

 27日朝刊の記事「バルカン半島 動けぬ難民」は、シリアなどからの難民が国境で立ち往生し、「劣悪な衛生状態で密集」していると伝えています。

 難民は国家の庇護を受けられません。自力で状況を変えることはできません。自国のことばかりに気をとられがちな今だからこそ、メディアは難民の置かれた状況をもっと報じて、国際社会の関心を呼び覚ましてほしいと思います。

 以前の取材で知り合った國井修さん(グローバルファンド局長)は、ジュネーブにある国際機関で、年間約300万人の命を奪う3大感染症(エイズ、結核、マラリア)の克服のため世界100か国以上を支援しています。25日朝刊に載った大きなインタビュー記事には盲点を突かれた思いがしました。


 

 「途上国では新型コロナ以上の威力を持つ病原体が多く流行してきましたが、世界はそれほど真剣に取り組んできませんでした。それが主要7か国(G7)が当事者になるとこんな反応になるんだなと。少し冷静に見ています」。

 「三大感染症というたった三つの病気で1日約7千人が亡くなっています。患者はマラリアだけで年2億人以上ですが、大半がアジア、アフリカなどの低・中所得国なのでそれほど騒がれません」。

 この言葉からは、今回のパンデミックが全く違う風景に見えてきます。

 國井さんは、先進国が自国を守るだけでなく、「健康格差」の解消をめざし、途上国の感染症対策の支援もすべきだと主張します。

 「新興感染症の多くが低・中所得国で発生しており、今回のように先進国に広げないためにも、国際的な支援が必要です」。

 明日は我が身。感染症に国境はなく、次にどんな病気がパンデミックを起こすかわからない。だから、感染症との闘いでは、国際的な協力がとても大事になるというのです。

 「自国ファースト」になりがちな今、世界の片隅からの声にもしっかり耳を傾けていきたいと思います。

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