フルーツリング

あやつなぎ

JALの 新 JAPAN PROJECT によって誕生した、東松島市のイチゴ×陸前高田市"北限のゆず" を使用したフルーツリングを読者限定特別販売!!

750ml 2970円(税込)  200ml 924円(税込)


苺のチャーミングな香りと味わいを柚子が爽やかに引き立て、甘すぎず上品なフレーバーを引き出したとのこと。ビール製法ながらスパークリングワインのような味わい!

お申し込みはこちら:https://forms.gle/qMcGz8ncnWqA7GAs7

JALのプロジェクトはこちら:https://japan.jal.co.jp/activities/sangyo/matsushima_takata/

フルーツリングに使用されている、東松島市のイチゴと陸前高田市"北限のゆず"の生産者への取材録も是非お読みください!!

取材録


 仙台と石巻を走る仙石線の車内で、高校生ぐらいの孫とその祖父とが、車窓から望む穏やかな海とそこに浮かんでいるかのような美しい松林を指さし話している。

 「津波は全てを飲込み、この美しい風景を奪い去った。でも今日は奇麗だな。人間って凄いな。この美しさを覚えておいてくれよ。」

 少々傍で聞き耳を立てさせてもらった。仙石線沿線の松島で被災した祖父と、離れて暮らす孫との会話。震災から10年を迎えたことをきっかけに初めて孫を連れてきたようだ。今日は3月12日、10年と1日が経った。

 東松島市の陸前赤井駅で私は降りた。そこから海とは反対方向に20分程歩く。大きいハウス群が目的地のイグナルファーム。フルーツリングで使用されているいちごの生産者に話を聞きに来た。


農業=科学とビジネス

 海からだいぶ離れたこの辺りにも津波は押し寄せた。海に近い地域は壊滅的。多くを失った震災から9ヶ月後にイグナルファームは誕生した。それまでは個人農家であったが、震災を経て様々なリスク管理等を鑑み、地域の仲間と共に農業法人としてスタートした。まさに0から、いやマイナスからのスタートだったかもしれない。しかし、社長の佐藤雄則さんの口からネガティブな言葉は一切聞かれなかった。そして今回の新型コロナに関しても悲観されていない。

 少々困ったことになった。私は逆境にある農家を書くつもりでいた。来てみるとそこには、後ろ向きな過去も今も未来もない。浅はかな自分に腹が立つ。



 「イグナル」は方言で「良くなる」の意。農業、地域、会社に関わるすべてが「イグナル(良くなる)」ことを目指し名付けられた。「自分一人では何もできず、多くの人の協力があったからこそ今があるのでそれだけは忘れず、みんなが良くなることを常に目指しています。」と佐藤さんは力強く語る。その実現のために現状の課題は人材育成だという。話を聞く傍らその場面を垣間見た。



 「ここで急に上がったよな。だから急に下げたよな。この急な乱高下は良くないよな。」グラフを用いて若手社員に指導している。パソコンを見せてもらうと、そこには様々な指標が数値化されデータ管理されていた。「二酸化炭素濃度は日中は外気より高めに設定することが重要なんですよ。それによって植物はより光合成を行います。光合成をいかにさせるかですね。」ありとあらゆる指標が見える化されシステム制御されている。経験や感覚で語られやすい農業を、限りなく数字に落とし込むことで比較・検証を可能とし、若手へのノウハウの継承が容易になっている。ここは日本農業の最先端でもあった。

 「初めはやらされてる作業の様でつまらなかったです。しかし次第に数字を理解してくると、自分の作りたいもの、やりたいことが明確になり、目的をもって主体的に取り組みだすと農業が楽しくなりました。」ときゅうり担当の方が語る。きゅうりは一般的に畑の土に植える土耕栽培が主流だが、ここではベンチ栽培も行っている。ベンチ栽培とは、人間の胸の高さに栽培容器を設置して、土の代わりに人工的な培地を使用する高設栽培である。きゅうりでは非常に珍しいそうだ。



 味では土耕には及ばないが、ベンチは安定した収穫が見込めるという。土耕の方が甘く、ベンチはフルーティーな味わいらしい。そんな味も今は90%以上限りなく土耕に近づいてきている。昔ながらの土耕で作る先輩農家に色々とコツを聞いてベンチでも再現してみてもなかなか上手くはいかないそうだ。「25℃の時こうしろ、と言われた通りやっても上手くいかなかった。調べてみると、先輩の感覚的25℃は25℃ではなかった。正しく計測すると26℃だったんです。上手くいくはずないですよね(笑)。」経験・感覚の一つ一つを数値化し、トライ&エラーを重ね最適解を導き出す。農業先進国オランダでの取り組みや、同様の栽培方法に取り組む国内生産者の情報も常にアップデートされている。

 限られた作付面積の中で、如何に生産量を上げるかが重要であり楽しみだという。意地悪に、味を土耕比120%を目指せるか尋ねると、「出来ると思います!しかし、生産量は減ってしまいますね。生産量減少分を、味の付加価値向上で価格に転嫁できれば採算も合いますが、きゅうりという商品に消費者がそれを求めるかは疑問ですよね。」確かに、食に人一倍私も煩い私も、きゅうりの味にまで特別こだわりはしない。高付加価値、高価格商品を作り出すことだけが日本農業の未来と今まで信じていた。しかし、生産効率を上げ、安定供給安定価格を目指すことも国民の食卓を支える上で大切なことである。食品には食卓での役割があり、高くて美味けりゃいいってもんじゃないと知った。そして、農業の話がこんなにも楽しいとは。今更ながら、農業は化学でありビジネスだ。

 他にも、日本は北海道と沖縄とでは環境が違い過ぎるが、オランダは国土が小さく、環境が均一化されているため、国の端と端とで同じ農業が可能となり、先進的農業に取り組めるとか。興味深い話は尽きぬが、いちごの話も。



 ここのいちごの一番の特徴は、完熟度である。通常、流通されるいちごは完熟に達する前に収穫されている。流通段階で痛むことを著しく嫌うからである。なるべく青いうちに収穫するようアナウンスされているらしい。しかしながら、美味しさの観点ではやはり熟したいちごが甘くて美味しい。イグナルファームでは美味しいいちごを食べてもらいたくて、通常より2~3日遅く収穫した完熟いちごだけを出荷している。ちなみに、ヘタまで赤くなっているかどうかが完熟度のポイント。

 完熟を狙うとどうしても熟しすぎるものもあり、流通に乗せるのは厳しい。それらのいちごは加工品へと向かう。そうフルーツリングには、この甘く甘く完熟したいちごが使用されている。



云われはわからない、でもみんな庭に植えていた。

 

 人間の味覚は進化する。子供が甘いものが好きなのは、甘さは万人が好む味覚であり、甘いものには毒がある可能性が少なく、甘さを感じると誰もが安心感や満足感を抱くからだ。甘いから始まり、酸っぱい・辛い・苦い…徐々に難易度が上がり、口にして良いか悪いかの判断がつき、苦みや酸味の微妙なニュアンスの中に美味しさを見いだせるようになっていく。

 このフルーツリングにも微妙なニュアンスのエッセンスが散りばめられている。いちご単体でも十二分に美味しかったであろうが、「北限のゆず」の皮の風味が複雑なニュアンスを与え、春めく青い空の爽やかさを感じさせる。

 北限とは、日本においてもっとも北で作られたゆずを意味する。北緯39度4分54.8秒、岩手県の陸前高田市と大船渡市。過去には宮城や福島で北限を名乗るゆずがあったらしいが、どれも商標登録はおこなっておらず、登録も認められ、名実共に正真正銘「北限のゆず」である。

 柑橘に北のイメージは無かった。何か特別なゆずに違いない。生産者の1人である、北限のゆず研究会の副会長 佐々木隆志さんに話を聞いた。


 「この辺りは昔から庭木としてゆずを1,2本植えていたんです。でもなぜだかわかりません。」

 あっけにとられた。北限ブランドを名乗るゆずは、ルーツもわからぬ庭先のゆずだったのだ。「お伊勢参りの帰りにゆずの苗木を買って戻って植えたとか、気仙大工の職人たちが仕事先から持ち帰ったとか色々言われていますが本当の事はわかりません。」



  庭先のゆずに光が当たるのは震災後のことだ。地元岩手の酒蔵南部美人がこのゆずの評判を聞きつけ、リキュールとして商品化した。これを境に様々な復興支援の輪と共にゆずも広がりを見せていった。初めは各家庭の庭から集めたゆずだったが、毎年200本植ずつえ続け今では1400本程になるという。実が生るのに3~4年、成木へは7~8年といわれるゆず。2年程前から少しずつ収穫量が増えてきているが、北限ブランドの人気の高まりには追い付いておらず、もっともっと生産量を増やすことが今後の課題だそうだ。


 今となっては生産の追い付かない貴重なゆずも、震災による津波の被害を一部受けている。しかしながら、ゆずの木は海水による塩害等もなく、変わらぬ姿で庭に立ち、実を成らせ続けている。

 北限ブランドも震災も、このゆずを語る上でのほんの一部に過ぎず、本質的価値はそこにはない。間違いなく芯にあるのは、“庭にあった”という長い歴史の事実だ。脈々と続く歴史の中で、誰かがこの土地で育つことを見出し、ただ育つだけでなく質が良いことに気づいた。そして今でも庭先で愛でられている。それは真に価値あるものだからであり、これ以上にこのゆずについて語る必要はないだろう。

未来へのきっかけ

 今回、ゆずは電話で、いちごは現地にて話を伺った。そうして書いているこの文章は、自分の想定とはかけ離れることとなった。実に有意義な乖離だ。震災とコロナで大変な生産者、というありふれたストーリーではない。ありふれたは正しくない、僕らが勝手に脚色しているに過ぎない物語。事実は違った。確かに、簡単に慮ることなど出来ない苦労があっただろう。しかし、今回東北から聞こえてきた物語は、未来へと歩みを進めるストーリーであった。いわゆる悲劇を、“きっかけ”として未来へ進んでいる。

 庭に生るゆずも、最先端の農業も、直接生産者に聞かなければ知ることはなかった。これらの話こそ面白く本質的であった。足を運び、出会い、話す楽しみを強く強く再認識した。人類が自由を取り戻したならば、今まで以上に旅をするだろ。そのきっかけを与えてくれたのがJALのプロジェクトであるのが面白い。

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