ルノワールの描く世界

あやつなぎ

ヴィスコンティ通りのアトリエ

 モンペリエ出身のバジールはパリに住居とアトリエを借りた。

 初めはフュルスタンベール通りでモネと。次はヴィスコンティ通りでルノワールとも。

 資産家の家に生まれたバジールが、労働階級のモネとルノワールを援助する形ではあったが、パリで画家として華開くことを夢みて切磋琢磨した時間は3人の友情を深めた。

 のちに印象派として美術市場を席巻する彼らだが、その中にバージルはいない。

 1870年、自ら志願しズアーブ兵連隊に入隊し普仏戦争へ、同年11月28日オルレアン近郊で2発の銃弾に倒れたからだ。

 バジールの死を誰よりも悲しんだのがルノワール。

 それは彼が描く絵に如実に表れた。死後しばらく彼の絵は我々の知るルノワールではなくなり、悲しみに明け暮れ悲壮漂うものとなった。

 いつまでもそのままでいていいはずもなく、親友バジールの死を無駄にしまいと、ある決意をした。

 “自分が描きたい絵を描く” ルノワールはこんな言葉を残している。

「芸術が愛らしいものであってなぜいけないんだ?世の中は不愉快なことだらけじゃないか 」

「風景なら その中を散歩したくなるような、女性なら その人を抱きしめたくなるような、そんな絵を私は描きたい 」

 当時のパリは彼の絵に見て取れるような、華やかで幸せに満ちた世界とは全く違った。

 普仏戦争の名残を受け、退廃的でメランコリックであったとされる。

 現実を直視すると、すさんだパリと親友の死。そんな絵を誰が観たいと思うか?そもそも自分がそんな絵を描きたくはない。

 そう決意したルノワールは、人と光と色彩を愛し、後に幸福の画家と呼ばれるようになった。

 そんなルノワールの絵をエミール・ゾラは「現代的な側面の幸福な探求」 と称賛した。

 ルノワールの目には、現在に過去を見たのではなく、幸福な未来が今に映っていたのだろう。

 

朝のルーティーン

 さあさて、ルノワールが生きていたならば、この今の世界をどう描くだろうか?

 私はそればかりを考える。

 私自身の生活も一変した。

 毎晩のように街で飲んでいたわけだが、当然外に出るわけなど無く、家でも一切飲まない。

 健康的と言えばそうだろうが、飲まない分体重が減ってもよさそうなもんだがうまくはいかない。

 仕事以外当然誰とも会っていない。

 親友とだけ電話した。普段電話などする2人ではないが、2時間話せることに驚いた。

 親友の話はおもしろい。

 万歩計をつけて5000歩を目標に家の中で歩いているらしい。時には10000歩いくんだと自慢してきた。

 人になど見せられないダンスで歩数を稼いでいるそうだ。踊る姿を私に見られるくらいなら死を選ぶであろうアイツのダンス…

 ポストに郵便を取りに行くだけで毎回シャワーを浴びているらしい。

 100万もらえたらお寿司をごちそうするからと、持続化給付金の申請を私に丸投げしてきた。

 フリーランスのため4・5月の収入はゼロ。考えたら病むだけだから、考えずに前を向いている。


 話を私に戻そう、自宅で新聞の読み方オンライン講座をやるようになって、自宅環境の整備に取り組んだ。

 まず、テーブルと椅子を購入した。ベランダでも仕事が出来るようにと持ち運びに便利なアウトドアブランドにしてみた。案外これがしっくりくる。

 それまではただモノを直に置いていた手つかずのスペースが、見事書斎風に変わると、それまではたまにしかやっていなかった掃除機を毎朝必ずやるようになった。

 快適な空間が保たれだすと次は緑に手を伸ばす。バジルと紫蘇とハーブを買ってきてプランターに植えた。人生初の家庭菜園。テーブルを彩るために紅葉も置いた。ついでに本棚も設置。

 すると朝のルーティンが生まれた。

6時には目覚める

植物に水をやる

掃除機をかける

お風呂に入る

コンビニで朝刊とコーヒーを買う

朝刊全ての記事に目を通す


 小さい頃から毎朝新聞を読んではきたが、ここまで読み込む日々が続くのは中学時代に朝日の粗探しをしていた時以来だ。

 ちなみに私は朝日新聞が好きではない。思想がまるっきり反対だから。売っておきながらなんだが。それでも実家が朝日だったのと、多様な意見を取り入れるために毎日読んできた。それで勘弁してほしい。どんな立ち位置だろうが知るために読む価値はある。だから売っている。

 改めて読み込んで新聞の面白さを再認識した。

 読み込んでこそ面白い。難しいから面白い。

 特に気に入っている記事を挙げれば、「星の林に ピーター・マクミランの詩歌翻遊 」

 詩歌を英語訳するだけの連載だが、その作業は実に難解で奥深いことがわかる。

 4月22日は芭蕉の「うかれける人や初瀬の山桜」

 源俊頼の「憂かりける人を初瀬の山嵐はげしかれとはいのらぬものを」をもじって芭蕉が詠んでいるわけだから、この説明も必要とする。

At Hatsuse of that famed grudge

 ―mountain cherry blossoms―

 festive crowds!

 2つの歌の意味を汲み取ってアルファベットへと昇華する作業たるや…

 日本語の機能美と難解さ美しさを英語訳を通して強烈に気付かされる。

 こんな記事なんかも散りばめながら僭越ながら新聞読み方講座を開催している。

 

ルノワールの描く世界

 今もなお最前線で命を懸けて働く医療従事者を思えば軽いことは言えないが、コロナは悪いことばかりではなかったようだ。少なくとも私には。

 毎日掃除をする自分がいるとは思わなかった。植物を愛でる心が自分にあるとは思えなかった。

 植えたバジルたちの摘心をしてみた。茎を折ることは勇気がいる。いつも向こう見ずで突き進む私でさえ躊躇したし不安がよぎった。しかし、2日後には折った茎の両脇から小さな2つの新たな命がうまれた。

 こんな出来事が何よりの幸せと感じる心が自分にあるなんて。

 人間とは実に不自由な生き物だ。いや、私だけかもしれないが。

 なにか物理的に精神的に制限をかけなければ新たな価値に気付けないのだから。

 「ニューノーマル」「afterコロナ」「withコロナ」…この先の世界を形容する言葉はなんであれ、日常はただただ続いていく。

 制限がなくなった時、我々は得たものを失うのだろうか?

 新たな制限が生まれ、新たな価値を得るのだろうか?

 どんな未来であれ、択一的画一的な生き方が間違いであることをコロナが教えてくれたのではないか。

 これまでの価値を否定するつもりは更々ないし、また戻りたいとも思う。

 同じくらい今回得た新たな価値を大事にしたいとも思う。

 欲ばりな未来をルノワールは描くのではなかろうか。

 

 

 

 

 

 


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